企業型確定拠出年金の導入手順は?就業規則への記載例も紹介
社会保険労務士の玉上 信明(たまがみ のぶあき)です。
今回は企業型確定拠出年金制度について、
導入のメリット、導入の手順、留意点、また就業規則等への記載例等を解説します。
確定拠出年金制度は老後資産形成の有力な手段ですが、年金には様々な制度があり、企業として注意すべき点が幾つかあります。
確定拠出年金とは
確定拠出年金は、拠出された掛金とその運用益との合計額をもとに、将来の給付額が決定される年金制度です。すなわち、加入者ごとに拠出された掛金を加入者自らが運用し、その運用結果に基づいて給付額が決定されるものです。
掛金額(=拠出額)が決められている(=Defined Contribution)ことから、確定拠出年金(DC)と呼ばれています。また、「掛金建て年金」とも言われます。
掛金を事業主が拠出する企業型DC(企業型確定拠出年金)と、加入者自身が拠出するiDeCo(イデコ・個人型確定拠出年金)があります。
確定拠出年金には次の特徴があります。
・拠出された掛金を加入者自身が運用する。
・運用の結果に応じて給付額が決定される。
・年金資産が個人ごとに区分されていて、いつでも残高を確認できる。
・確定拠出年金制度の間で年金資産の持ち運び(ポータビリティ)ができる。
・掛金拠出時、運用時及び給付時に税制優遇がある
・高齢期の所得確保が目的であり、原則として60歳前に給付を受けることはできない。
従来の確定給付年金と比較すれば、特徴が明らかになるでしょう。
確定拠出年金と確定給付企業年金の違い
従来、企業が運営する年金は「確定給付企業年金」(DB=Defined Benefit Plan)が主流でした。ごく簡単に言えば、退職金の払い方として一時金ではなく年金で払う、と考えればわかりやすいでしょう。退職金の原資はあらかじめ決まっており、その払い方を年金払いにするものです。将来の給付の算定方法が決まっており、それに応じて掛金を拠出します。例えば運用の状況や加入者・受給者の変動等により掛金額が変動します。
これに対して、「確定拠出年金」は、あらかじめ定められた拠出額とその運用益の合計額をもとに、将来の給付額が決まる、という制度です。掛金額と運用益次第で将来の年金額が変動します。
企業年金制度改革の中で、国民の高齢期における所得確保のための自主的な努力を支援する目的で法制度が整えられました。企業型確定拠出年金は2001年10月から、個人型確定拠出年金の「iDeCo」は2002年1月から開始されました。掛金や給付について税制上の優遇措置なども設けられ、制度普及を後押ししています。
仕組みや掛金などの違い
確定拠出年金(DC) | 確定給付企業年金(DB) | ||
企業型確定拠出年金 (企業型DC) | iDeCo(イデコ・個人型確定拠出年金) | ||
仕組み | あらかじめ定められた拠出額とその運用益の合計額をもとに、将来の給付額が決まる (給付額が変動する) | あらかじめ将来の給付の算定方法が決まっており、それに応じて掛金拠出(掛金額が変動する) | |
実施主体 | 企業年金規約の承認を受けた事業主 | 国民年金基金連合会 | 企業年金基金または事業主 |
加入対象者 | 実施企業に勤務する 従業員(70歳未満の厚生年金被保険者たる従業員全員) (但し、選択型DCの場合は希望した従業員のみ。後述) | 原則として20歳以上60歳未満の希望者全て (企業型DC加入者の場合は、企業型DC規約でiDeCo加入が認められていること) | 実施企業に勤務する 従業員 |
掛金 | 事業主拠出 (企業型年金規約に定めた場合は加入者拠出可能(マッチング拠出)) (選択型DC:希望する従業員のみが自分の給与の一部を掛金として拠出) | 加入者拠出 (「iDeCo+」(イデコプラス・中小事業主掛金納付制度)利用すれば事業主拠出も可能) | 事業主拠出 (加入者が同意した場合は加入者拠出が可能) |
掛金限度額 | 事業主 DB未実施:月55千円 DB実施:月27.5千円 加入者マッチング拠出 事業主拠出額以内で 事業主拠出と合わせ 月55千円以内。 | 国民年金被保険者区分及び、企業型DC,DB加入有無などで相違 | なし |
資産運用等 | 加入者が運用方法決定 資産は個人別管理 (個人持分(個人別管理資産)がわかる) | 実施主体がまとめて運用管理 〈個人持分の概念なし) | |
運営手数料 | 事業主負担 | 従業員負担 | 事業主負担 |
給付の違い
企業型確定拠出年金(企業型DC) | iDeCo(イデコ・個人型確定拠出年金) | 確定給付企業年金(DB) | |
老齢給付金 | 原則60才以降 | 労使合意で柔軟な制度設計が可能。 | |
障害給付金 | 障害認定時等 | ||
死亡一時金 | 死亡時 | ||
脱退一時金 | (ごく例外的な場合に限る) | 一定条件を満たせば中途退職時に退職一時金給付可能 | |
中途退職時の扱い | 中途退職等の場合、原資を別制度に移管する必要あり。 | ― |
税制の違い
企業型確定拠出年金(企業型DC) | iDeCo(イデコ・個人型確定拠出年金) | 確定給付企業年金(DB) | |
拠出時 | 非課税 ■事業主拠出: 全額損金算入 ■加入者拠出: 全額所得控除 (小規模企業共済等掛金控除) | 非課税 ■加入者拠出: 全額所得控除(小規模企業共済等掛金控除) ■iDeCo+を利用した事業主拠出: 全額損金算入 | 事業主拠出: 全額損金算入 加入者拠出: 実質課税 (生命保険料控除) |
運用時 | ■運用益:非課税 ■積立金:特別法人税課税(現在、課税停止) | ||
給付時 | ■年金として受給:公的年金等控除 ■一時金として受給:退職所得控除 |
選択型確定拠出年金制度(選択型DC)について
企業型DCは、事業主が掛金を拠出します。制度によっては従業員もこれに合わせて掛金を拠出することが認められます(マッチング拠出)。
これに対して、給与や退職金等の一部を「ライフプラン選択金(ライフプラン手当、ライフプラン支援金など)」(仮称)として、従業員の選択で、従来通り給与等として受け取るか、DCに拠出するかの選択を認める、という制度があります。
「選択型確定拠出年金(選択型DC)」といわれ、これも企業型DCの一種とされます。
通常、企業型DCは、従業員全員を加入対象としたり、職種などを規約に定めて加入資格を設けています。選択制DCでは、DCに加入するかどうかを従業員が選べます。DC掛金を拠出したくなければ、従来通り給与で受け取れます。
老後に年金等で受け取るために掛金を拠出して運用するか、今すぐ給与を現金として受け取るか、という選択を認めるものです。この場合、従業員がDC掛金としての拠出を選択した金額は、あくまで事業主の掛金と扱われ、損金算入できます。従業員としては、給与所得等が減少することになり、社会保険料の減少、将来の社会保険給付の減少につながることがあります。
企業は、既存の報酬制度の再編により、限られたコストの範囲内でDCを実施できます。従業員は、自分の選択で老後の資産形成ができることになります。拠出限度額は、自社で他に企業年金を実施していない場合は月額55,000円以内、実施している場合は月額27,500円以内などとなっています。
(出典)労働金庫連合会「選択制確定拠出年金」
確定拠出年金制度のメリット・デメリット
メリット | デメリット | |
---|---|---|
企業側 | 事業主掛金を全額損金算入できます。 運用等の状況により積立金が目減りしても事業主の補填は不要です。 | 従業員への投資教育が必要です。運営管理機関・資産管理機関等への手数料負担等の制度運営の費用負担が必要です。 |
従業員側 | 税制優遇。 拠出金は全額非課税、運用益も非課税です。給付についても、年金は公的年金等控除、一時金は退職所得控除が受けられます。 | 積み立てた資産は原則として60歳まで引き出せません。中途退職等の場合には、別の年金制度への引き継ぎが必要です。制度目的が老後に向けた資産形成のためなのですが、わかりにくい点でもあり、従業員に十分説明する必要があります。 運用次第で将来の給付額が変動します。元本割れや資産目減り等のリスクがあります。 |
社会保険労務士の玉上 信明のワンポイント
確定拠出年金制度は、加入者(従業員)の資産運用の巧拙により、将来受け取る年金額等が変動します。確定給付年金の場合は、会社が将来の給付内容を保証し、運用等の問題があっても会社が補填することとの大きな違いです。
加入者の自助努力が求められるのですが、従業員の投資知識は、現状では必ずしも十分ではないともいわれています。会社としては、従業員の利益を第一に考えて、適切な運用手段を選択提供し、かつ、従業員に十分な投資教育を行う必要があります。
確定拠出年金の導入手順
【1】制度大枠の検討
現在の退職金制度や確定給付年金制度などを見直し、確定拠出年金制度導入を検討します。
【2】運営管理機関・資産管理機関の選定
運営管理機関は、加入者の各種手続きの窓口です。運用商品の選定・提示や情報提供等の役割を担います。
資産管理機関は、加入者等の年金資産の保全という必要不可欠な業務を行ないます。
【3】社内説明~合意形成・制度内容を決定
労働組合や従業員代表への説明会を実施し合意形成をはかります。労使協議の経緯は、企業型年金規約の申請時に厚生労働省(地方厚生局)へ提出する必要があります。
【4】運用商品の検討・決定
運用商品は、運営管理機関が選定しますが、事業主としては、従業員の投資経験等も考慮し、年金資産の形成にふさわしい運用商品ラインアップを構築しなければなりません。運用商品としては、必ず3以上(簡易企業型年金においては2以上)35以下の商品を選択肢として選定・提示することとなっています。
【5】必要書類の準備・厚生局へ申請
確定拠出年金の企業型年金規約を作成し、労使合意のうえ、地方厚生局長に申請します。就業規則改定を含め、各種必要書類の準備を整えて申請します。
【6】制度加入者の登録
制度開始の前月中旬ごろまでには済ませておく必要があります。
【7】導入時教育(加入時教育)
確定拠出年金は、老後までの間の運用結果が将来の給付額に影響します。事業主は、加入者等に対して必要かつ適切な「投資教育」を行わなければなりません。
就業規則への記載について
確定拠出年金制度は退職金制度の一環であり、就業規則への記載が必要です(相対的記載事項。制度があるならば記載が必要)。
とはいえ、制度内容が複雑であり、法制度の変更もあり得ます。就業規則本体に細かく書くよりも、企業型確定拠出年金の細則として定める方が、わかりやすいでしょう。
参考例を示します。
企業型確定拠出年金制度 確定拠出年金規程 第○条(目的) この規程は、株式会社○○(以下「会社」という。) が実施する確定拠出年金制度(以下「企業型DC」)に関する 事項を定めたものである。 第○条(適用範囲) この規程は、会社に使用される厚生年金保険の被保険者(法第2条第6項に規定する第一号等厚生年金被保険者に限る。以下同じ)に適用する。なお、役員には別に定める役員確定拠出年金規程を適用する。 第○条(拠出金の拠出) 当社は、従業員のために毎月一定額の拠出金を企業型DCに拠出する。 拠出金の額は、従業員の基本給の○%で、一人当たり月55,000円以内とする。 従業員は、自己の判断により追加で拠出することができる(マッチング拠出)。 従業員の追加拠出額は、事業主掛金額を超えず、かつ、事業主掛金額と従業員のマッチング拠出による掛金額の合計が55,000円/月以内の額とする。(確定給付型の年金を実施している場合は27,500円/月) 第○条(資産運用) 従業員は、自身の年金資産の運用方法を当社が提供する選択肢の中から自由に選択することができる。また、各運用方法への掛金の配分の変更、資産のスイッチング(他の運用商品への入れ替え)を会社の定める手続きに従って行うことができる。 第○条(老齢給付金の受給開始年齢) 従業員は、原則60歳に到達したときに老齢給付金として年金を受給する権利を有する。 但し、60歳時点で確定拠出年金の通算加入者等期間が10年に満たない場合は、支給開始年齢が以下の通り繰下げられる。 通算加入者等期間8年以上 61歳~ 通算加入者等期間6年以上 62歳~ 通算加入者等期間4年以上 63歳~ 通算加入者等期間2年以上 64歳~ 通算加入者等期間1カ月以上 65歳~ 通算加入者等期間1カ月未満 加入日から5年経過した日以降 第〇条(障害給付金) 従業員が75歳に到達する前に傷病によって一定以上の障害状態になった場合に、傷病の状態で一定期間(1年6ヶ月)を経過した場合に障害給付金として年金を受け取ることができる。支給開始時期は障害認定日から75歳到達までの間で従業員が選択できる。 第○条(年金の受給方法・一時金の選択) 前2条の年金の受給方法は、従業員の選択により5年以上20年以下の有期、または終身年金とする。但し、○○の場合は一時金の選択を可能とする。一部を年金、一部を一時金として受け取ることも可能とする。 第〇条(死亡一時金) 従業員が死亡したときはその遺族に死亡一時金を支給する。 第〇条(離転職時の年金資産の持ち運び(ポータビリティ)) 従業員が受給資格を得る前に転職・退職した場合には、自分の確定拠出年金の個人別管理資産を、iDeCo、通算企業年金、企業型DC(転職先で導入している場合)、DB(転職先で導入かつ条件を満たした場合)へ持ち運びが可能であり、会社の定める手続きにより速やかに移管を行うこととする。 第○条(制度の変更及び廃止) 当社は、経済状況の変化や法令の改正等により、本制度を変更または廃止することがある。 制度の変更または廃止を行う場合は、従業員に対して事前に通知し、その内容を説明する。 第○条(その他) 本制度に定めのない事項、その他必要な事項は、別途定める企業型確定拠出年金規約、及び確定拠出年金 法その他法令に定めるところによる。 |
導入前に知っておきたいポイント!社会保険労務士の玉上 信明が解説
Q社会保険料・労働保険料は、いつから、どうなる?
A事業主が掛金を拠出する一般のDCの場合で従業員の標準報酬などが変動しない場合には、特に影響はありません。
前述の選択制確定拠出年金(選択制DC)のしくみを採用する場合は、給与総額が減少し、標準報酬月額の等級変更が生ずる場合があります。2等級以上の変動があれば月額変更(随時改定)が必要です。
また、その分標準報酬月額が減るので、社会保険や労働保険などの各種給付金を受ける際の給付額が減少するということにもつながる点には注意が必要です。
Q所得税や住民税はどうなる?
A事業主の掛金に合わせて従業員も掛金を拠出する場合(マッチング拠出)、全額所得控除(小規模企業共済等掛金控除)になりますので、所得税、住民税の減少につながります。
なお、選択制DCで、従業員がDCへの掛金拠出を選択した場合も、給与所得等が減少しますので、所得税・住民税の減少につながります。
Q 転職・退職等により加入者の資格を喪失した人が、個人別管理資産をそのままにしていたらどうなる?
A企業型DCの加入者であった方が、転職・退職等により加入者の資格を喪失した場合、6か月以内に個人別管理資産をiDeCo等に移管する必要があります。
移管しなかった場合には、その資産は国民年金基金連合会([外部リンク]特定運営管理機関)に移換されます(自動移換)。
自動移換された場合次のような不利益が生じます。
(1)資産の運用がされません。
(2)加入者に管理手数料の負担が発生します。
(3)自動移換中の期間は老齢給付金の受給要件となる通算加入者等期間に含まれないため、場合によっては受給可能年齢が遅くなることがあります。
このような、企業年金移換忘れは118万人にものぼり、10年で3倍になっています。2,818億円もの資産が運用されないままで、厚生労働省でも大きな問題とされています。
会社としても、転職・退職者に十分注意喚起をするほか、他社から自社に転職してきた人などにも、個人別管理資産の有無・ 移管手続き状況を確認するなどの配慮が求められるでしょう。
キテラボ編集部より
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