就業規則の不利益変更とは?要件や具体的な手順、注意点などを弁護士が解説!

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益原 大亮

TMI総合法律事務所の弁護士・社会保険労務士の益原大亮です。

多くの企業では、労働者の労働条件について、個別の雇用契約書に加え、就業規則においても定めているかと思いますが、経営上の必要性等から、労働者の労働条件を見直すこともあるでしょう。

労働者にとって有利な変更であればともかく、場合によっては、労働者にとって不利な変更を行うこともあると思いますが、その場合、法令上、一定のルールに従う必要があります。本稿では、就業規則による労働条件の不利益変更について、そのルールと気をつけるべきポイントを解説します。

労働条件の不利益変更に関するルール

労働条件について、労働者に不利益に変更しようとする場合には、原則として、労働者との個別の合意により行う必要がありますが(労働契約法8条、9条本文)※注1※、労働者との個別の合意がないとしても、一定の要件を満たした場合には、就業規則の変更※注2※により行うことができます(労働契約法9条ただし書、10条本文)※注3※

「不利益」な変更とは、労働契約の内容である労働条件について、労働者に不利益に変更することを指しますが、「不利益」の該当性は広く解されており、例えば、基本給や各手当の減額はもちろん、人事評価制度の変更(特に成果主義型の人事評価制度への変更)や労働時間制度の変更なども、実際に労働者に適用した場合に理論上賃金の減額につながる可能性があれば不利益変更に当たります。また、賃金減額のみならず、例えば、休職期間を短くすることは、労働者にとって自動退職又は解雇がなされる可能性が高まるため、休職中の労働者はもちろん、休職中ではない既存労働者との関係でも(理論上今後適用され得る立場である以上は)不利益変更に当たります※注4※。

就業規則の不利益変更の要件は、労働契約法10条本文において、①変更後の就業規則の周知、②就業規則の変更の合理性と定められております。以下、就業規則の不利益変更の要件ごとに解説していきます。

就業規則の不利益変更の2つの要件

【1】変更後の就業規則の周知

就業規則の不利益変更の要件として、変更後の就業規則を周知することが求められています(労働契約法10条本文)。

「周知」とは、労働者が変更後の就業規則の内容を知ろうと思えば知り得る状態にしておくこと(実質的周知)をいい※注5※、労働者が就業規則の内容を実際に認識しているか否かは問わないと解されています。

実務的には、昨今のICT化の進展に伴い、多くの企業において、全ての労働者が常時アクセス可能なイントラネットへの掲載や全労働者に個別にメールで送付する方法などが取られています。もちろん、就業規則を紙媒体で社内の特定の場所に保管しておくことでも周知としては足りますが、訴訟において、当該場所に保管されていたこと(周知)を立証できずに労働条件の不利益変更が認められなかった事例(芝電化事件・東京地判平成22年6月25日労判1016号46頁)があることを踏まえますと、イントラネットへの掲載や個別のメールのように、就業規則を周知していることが客観的な記録に残るような形で対応することが肝要です。

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【2】就業規則の変更の合理性

就業規則の不利益変更の要件として、就業規則の変更に合理性があることが求められています(労働契約法10条本文)。具体的には、就業規則の変更が、以下の各要素に照らして合理的なものであることが必要とされています(同条本文)。

(1)労働者の受ける不利益の程度
(2)労働条件の変更の必要性
(3)変更後の就業規則の内容の相当性
(4)労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情

(1)労働者の受ける不利益の程度

労働者の受ける不利益の程度が大きければ大きいほど、労働者へのインパクトは大きくなるため、変更の合理性が否定される方向に傾きます。

実務的には、賃金の減額を伴うような労働条件の変更を行う場合には、減額幅が月給額の10%を超えてくると、労働者の生活に支障を与え得る水準となると考えられ、変更の合理性が否定されることにつながるというのが一般的な理解です。そのため、賃金の減額を伴うような労働条件の変更を行う際には、減額幅が月給額の10%以内にとどめることが適当です。

(2)労働条件の変更の必要性

労働条件の変更の必要性については、変更する労働条件の内容によって必要性の程度は変わってきますが(すなわち、「労働者の受ける不利益の程度」と「労働条件の変更の必要性」は相関関係にあります。)、一般的に、賃金等の重要な労働条件を不利益に変更する場合,高度の業務上の必要性が求められるものと解されています。例えば、基本給や各手当を減額する場合には、企業の経営状況の悪化から当該減額を行う必要性があることが求められると考えられます。

実際に訴訟になった場合、企業側は、高度の業務上の必要性として、企業の経営状況の悪化があることを主張・立証することとなりますが、単に「経営状況の悪化があるから」というだけでは立証としては不十分であり、裁判実務上は、企業の財務状況を示す資料(損益計算書等)の数字等の客観的なものに基づき主張・立証することになります。

(3)変更後の就業規則の内容の相当性

変更後の就業規則の内容の相当性については、変更後の就業規則の内容自体の相当性(変更後の就業規則の内容面に係る制度変更一般の状況)があるかが問題になります。

例えば、変更事項に関する日本社会における一般的状況や、不利益緩和措置(実際に変更後の労働条件を適用する時期を施行日以降の一定時期まで延ばすことや、賃金減額を伴う場合に一定期間は調整給の支給を行うことにより、急激な労働者の収入源を避けること)により不利益の程度を低減させるような措置を講じていることが考慮されます。

また、人事評価制度の変更に際しては、人事評価制度が合理的であるか否かのほか、生産性向上や業績貢献へのインセンティブを与える観点から成果主義的な賃金・評価制度へ変更する場合、その企業における総人件費の分配を変更するものとして、総人件費が減少しないことが必要となります(生産性向上や業績貢献へのインセンティブを与えるための人事評価制度の変更という名目で、人件費削減を行うような不利益変更は、合理性を否定される可能性があります。人件費削減という側面もあるのであれば、労働条件の変更の必要性として、前述のとおり、企業の経営状況の悪化が求められます。)。

(4)労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情※注6※

労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情については、労働組合がある場合には、その労働組合と十分な協議・交渉を行い、その賛同を得ることが重要です。もっとも、労働組合への加入率が低い場合は、労働組合の賛同のみでは、全ての労働者との関係で労使協議を経ていると直ちに評価されない可能性があるため、加えて従業員説明会を行うなどの対応も必要な場合があることには留意が必要です。また、管理監督者は労働組合に加入できないため、管理監督者との関係でも説明会を行う必要があるでしょう。

また、労働組合がない場合においては、全従業員向けの説明会を行い、変更理由や内容について、労働者の納得を得られるよう十分な情報提供・説明を行うことが必要です(労働組合がある場合においても、加入率が高い場合でも、変更の合理性を担保する観点からは、従業員説明会を行っておくことが望ましいです。)。

なお、前述のとおり、労働条件の不利益変更は、労働者との個別の合意により行うことができますが、労働者からの同意(書)の取得率が高いことも※注7※、(主に個別の同意が得られなかった労働者との関係で)労使協議を経ていることを示す事情になり得えると考えられます。

就業規則の不利益変更に係る具体的な対応

これまで述べてきた就業規則の不利益変更の各要件・要素の内容等を踏まえますと、実際に就業規則の不利益変更を行うに際しては、例えば以下のような対応を行うことが考えられます※注8※

①就業規則の改定案(+新旧対照表)の作成

②就業規則の不利益変更の合理性に係る各要素の精査

具体的には
・労働者の受ける不利益の程度については、例えば、どの程度の不利益が想定されるのか(また、その不利益の程度が労働者によって異なるのであれば、どの程度の幅があるのか)をシミュレーションしておくことが考えられます。

・労働条件の変更の必要性については、単に名目上必要であるということではなく、具体的に生じている事象の下で変更の必要性があることを、客観的な資料によって裏付けられるようにしておくことが考えられます。

・変更後の就業規則の内容の相当性については、例えば、変更事項に関する日本社会における一般的状況(例えば、賃金額であれば同じ業種における賃金相場、人事評価制度であれば他社事例など)のリサーチや、労働者の受ける不利益の程度との関係で不利益緩和措置の検討、(人事評価制度の変更の場合は)総人件費のシミュレーションなどをしておくことが考えられます。

・労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情については、
例えば、労働組合との協議・交渉や従業員説明会に向けて、スケジュールの精査・調整や説明資料の作成などの準備を行う(あわせて個別同意書も作成しておく)ことが考えられます。

③(労働組合がある場合は)労働組合との協議・交渉

④従業員説明会の開催

⑤従業員から個別同意(書)の取得

⑥変更後の就業規則の周知(+その旨の個別メールの送信)

⑦変更後の就業規則の施行

キテラボ編集部よりワンポイント
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最後に

以上のとおり、就業規則の不利益変更が法的に有効となるためには、事前に準備・対応すべきことが多くあり、法的に注意すべき点も多々あります。

これらの全てを社内のみで対応することはなかなか難しく、不利益変更の内容によって具体的に検討すべき内容・視点も異なるため、就業規則の不利益変更を行う場合には、早い段階から、弁護士や社会保険労務士に相談するなどして、万全の状態で対応するようにしましょう。


脚注
※注1※ なお、労働者との個別の合意による労働条件の不利益変更においては、単に労働者との合意という行為を行うだけでは足らず、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であると解されています(山梨県民信用組合事件・最判平成28年2月19日民集70巻2号123頁)。このように、労働者との個別の合意による場合であっても、「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること」という要件を満たす必要があり、労働者の個別の合意があれば簡単に労働条件の不利益変更ができるということにならない点には留意が必要です。

※注2※就業規則よりも有利な個別の合意がある場合、その個別の合意が優先されることになるため(労働契約法12条)、その個別の合意により設定された労働条件を変更するためには、就業規則ではなく、労働者との個別の合意による必要があることには留意が必要です。

※注3※その他の方法として、労働組合との労働協約の締結という方法もあり、労働協約による労働条件の変更は個別の合意や就業規則の内容よりも不利か否かにかかわらず効力を有することとなりますが(労働組合法16条、労働基準法92条1項)、労働組合法17条に基づく一般的拘束力(1つの事業場に「常時使用される同種の労働者」の4分の3以上を組織する労働組合と労働協約を締結していること)を有しない限りは、その労働組合に所属する組合員にのみに適用されるため、それ以外の者については、個別の合意又は就業規則の変更により労働条件を変更する必要があります。

※注4※ただし、後者の労働者との関係では、期待権に係る不利益変更にとどまるため、就業規則の変更の合理性のハードルは、相対的に低くなります。

※注5※なお、就業規則の周知は、労働基準法106条1項の義務にもなっていますが、同項の周知は、①常時各作業場の見やすい場所に掲示し,又は備え付けること、②書面を労働者に交付すること、③磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し,かつ,各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置することのいずれかで行う必要がありますが、就業規則の不利益変更の要件としての周知においては、それら手段によることは必須ではありません。

※注6※なお「その他…事情」として、(常時10名以上がいる事業場において)就業規則の変更に係る意見聴取と労働基準監督署への届出を行っているか否かが考慮されると考えられていますが(労働基準法89条、90条)、同法上の義務である以上、履践していて当然の事項ですので、むしろこれら手続を履践していないことが変更の合理性に影響を与えかねないという意識を持って対応すべきであると考えられます。

※注7※労働者との個別の合意がある場合は、それによって労働条件の変更ができることとの関係で、就業規則の不利益変更を行う場合であっても、極力、個別の合意も取得しておくことが肝要であり、実務的にもそのような対応を企業に勧めることが一般的です。

※注8※また、常時10名以上の労働者がいる事業場においては、過半数組合又は過半数組合がない場合は過半数代表者からの意見聴取(労働基準法90条1項)、所轄労働基準監督署への届出(同法89条、90条2項)を行うことも必要です。

益原 大亮
TMI総合法律事務所 弁護士・社会保険労務士
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