IPO準備に必要な社内規程とは?労務審査のよくある問題4点も解説!【人事労務担当者向け】

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佐藤 竜明

この記事でわかること

  • 上場に必要な社内規程は、具体的に特定されていない
  • 上場に必要な社内規程は、企業の規模や事業内容、成長ステージ等に照らして相応なものとなる
  • 労務審査では問題になりやすい4つのポイントがある

TMI総合法律事務所の弁護士の佐藤竜明です。

創業から数年を迎えて事業規模が拡大してくると、更なる事業の発展を見据え、「将来的にIPO(新規株式公開)を目指す」という企業が出てくることがあるかもしれません。このように近い将来のIPOを現実的に検討しはじめると、次のような疑問が湧いてくると思います。

「IPOに必要な社内規程が分からない」

「作成する際にはどこに注意すべきか」

「上場審査では労務面につきどんなところがチェックされるのか」

本記事では、IPOに必要な社内規程の種類や作成時の注意点などを詳しく解説します。

また、日本取引所自主規制法人に出向した経験を踏まえ、人事・労務面を中心とした上場審査のよくある問題についても解説します。

<労務審査のよくある問題>
①:未払い残業代
②:労働安全体制の未管理
③:実態に即した社内規程の未整備、未運用
④:円満ではない離職に伴うトラブル

IPOを見据えた社内規程の心構え

一般に、IPOを検討しはじめた時点で、社内規程を万全に備え、しかもそれらを適切に整備・運用できているという会社は多くないと思われます。むしろ、社内規程を網羅的に整備・見直しする機会がないまま成長を遂げてきたケースや、何らかの形でひな形を入手しそれをほぼそのまま用いているというケースの方が多いのではないでしょうか。

通常、上場申請前(通常、上場審査を申請する期の遅くとも2期前には、上場審査に向けた具体的な取組みが開始されます)時点では、最低限の社内規程として法令に則した就業規則や給与規程等は作成しているものの、それ以外の社内規程の整備は不十分という場合も多いと思われます。こうした状態のままでは、上場までの過程で待ち受ける、証券会社・監査法人や証券取引所の人事・労務面の厳しいチェックを乗り越えることは難しいでしょう。

ここではまず、特に人事・労務の観点から、どのような社内規定を整備する必要があるのかについてみてみましょう。

まず、目指すべきゴールに関して知っておくべきことは、どのような社内規程を整備しておく必要があるのかについて、具体的な規程名が特定されているわけではない、ということです。

人事・労務の観点からのポイント

これに関連して、日本取引所グループが公表している上場審査等に関するガイドライン(東京証券取引所)(以下「上場審査ガイドライン」といいます。)を参照しますと、同ガイドラインⅣ(グロース市場向け新規上場審査)4.(2)では、「企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性」が上場審査の対象であるなどと規定されています。しかしながら、これをクリアするための具体的な社内規程が何であるのかについてまでは言及されていません。

また、東京証券取引所の2024 新規上場ガイドブック(グロース市場編)では、「申請会社の企業グループが上場会社として経営活動を適切かつ継続的に行っていくために、管理組織が相応に整備され、運用されているかどうか、効率的な経営活動を行う一方で事故、不正、誤謬をある程度未然に防止し、不測の損失を防ぐなど適切な対応ができる状況にあるかどうかを確認」するとされています(注:下線部筆者)。また、全体にわたり、社内諸規則の整備・運用状況が重要な項目であるともされています。実務上の理解として、「運用状況」とは、1年以上の継続的な運用を指しているとイメージして差し支えないでしょう。

そして、どのように整備・運用がされていなければならないかについては、「社内諸規則の内容が、申請会社の規模や事業内容、成長ステージ等に照らして相応なもの」といえるかという点が、上場審査において重要な評価のポイントであるとされています。

これらから導き出せる、人事・労務の観点からの社内規程作成のポイントは、以下のとおりです。

・目指すべき社内規程は個別にチェックリスト化されているものではなく、「効率的な経営活動を行う一方で事故、不正、誤謬をある程度未然に防止し、不測の損失を防ぐなど適切な対応ができる」かという観点で、自社の判断でこれを整備しなければならない。

・社内規程の策定は、「企業の規模や事業内容、成長ステージ等に照らして相応なもの」を整備する必要がある。

・整備した社内規程につき、その内容に則った運用を1年以上継続する必要がある。

IPOに向けて必要となる社内規程のイメージ

上述のとおり、IPOに向けた社内規程は、「会社の規模や業種・業態に応じて適切に整備されたもの」であるとされ、「上場審査までに整備すべき具体的な社内規程の名称」は明らかにされていません。したがって、定款や就業規則等のように法令上整備する必要がある規程を除き、必ず作成・整備しなければならないとされる規程は特段ありません。

しかし、そうであるとしても、通常の上場会社に求められる社内規程については、一定の相場観もあります。以下では多くの会社で作成される社内規則のイメージを抜粋した上で、特に人事・労務の観点から重要と思われるものに太字を付しましたので、ご参考としていただければ幸いです。

(※以下は会社に必要な社内規程を全て網羅したものではなく、あくまでイメージであり、一つのベースとなる程度のものです。各社の業種、業態、事業規模、機関設計、コーポレート・ガバナンスの体制等に応じた個別のアレンジが必要となる点にはご留意ください。)

基本規程定款
取締役会規程
監査役会規程
株式取扱規則
組織関連規程組織規程
職務権限規程
職務分掌規程

稟議規程
総務関連規程印章管理規程
文書管理規程
規程等管理規程
人事関連規程就業規則
給与規程
退職金規程
出向規程
旅費規程
慶弔見舞規程
育児休業規程
介護休業規程
経理関連規程経理規程
勘定科目処理要領
小口現金決裁要領
固定資産管理規程
(連結)決算要領
原価計算規程
有価証券管理規程
貸付金規程
出張旅費規程
業務関連規程予算管理規程
株式取扱規程
関係会社管理規程
販売管理規程
購買管理規程
資産管理規程
外注管理規程
与信管理規程
棚卸資産管理規程
内部監査規程
知的財産権管理規程
個人情報管理規程
安全衛生管理規程
コンプライアンス関連規程コンプライアンス規程
リスク管理・不祥事対応規程
ハラスメント対策規程
内部通報規程

すでに述べたとおり、上場審査においては、会社の規模や業種・業態及び成長ステージ等の変化に応じた社内規程の整備を求めています。そのため、一度社内規程を作成したとしても、放置・形骸化してしまっている場合には、その規程に基づいた運用が実践されていないことが審査の過程で発覚し、かえって上場のハードルとなってしまうおそれがある点に留意しなければなりません。実態に合わない社内規程がないかを定期的に見直すことが重要です。

キテラボ編集部より
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定期的な見直しが必要

定期的な見直しの際には、最新の法改正への対応はもちろんのこと、時代の流れに合わせた対応も検討しましょう。例えば、法令対応との関係で就業規則にパワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティ・ハラスメント等のハラスメント禁止条項を追加することに加え、育休制度を法令の基準以上に充実させる必要がないかなどの見直しを行うことは有意義な取組みであるといえます。また、企業の成長ステージを踏まえ、従業員が増加傾向にある場合には、適切に従業員の管理ができるように会社の組織を見直した上で、組織規程、職務権限規程等を改定していくことも必要となります。このように、社内規程の作成後、これを放置することなく、適宜アップデートをしていくという管理の体制・態勢も、円滑な上場のためには非常に重要です。

上場審査を見据えたチェックポイント

以下では、日本取引所自主規制法人に出向していた経験を踏まえ、気をつけるべきポイントを、総論と4点の各論に分けてご紹介します。

総論:IPOまでのスケジュール・プロフェッショナルの関与

IPOの準備に当たっては、新規上場申請を行い、上場を実行するタイミングから少なくとも2~3年を逆算して、着実なスケジュールを組む必要があります。IPO業界では、上場を実行する年の事業年度を「申請期(上場期)」、その前の事業年度を「直前期」、直前期の前の事業年度を「直前々期」と呼んでおり、それぞれN期、N-1期、N-2期と呼ばれることもあります。

IPOに当たって、社内では、代表取締役社長を筆頭に社内からメンバーを集め、場合によっては社外からもIPO経験者を招聘し、IPO準備室やプロジェクトチームを組成して準備を進めることが一般的です。これに加えて、当事会社以外のプレイヤーの関与として、主幹事証券会社による引受審査と、監査法人による直前期・直前々期の監査証明が必須となります。これに加えて、弁護士、社会保険労務士、税理士や印刷会社等が一丸となって、株主や銀行の理解を得ながら進めることとなるところ、特に人事・労務管理の面においては、社会保険労務士のアドバイスを受けながら、様々な課題に対処していくことになると思われます。

上場を目指す過程でぶつかる人事・労務上の問題は多岐にわたり、また、それらは時代の要請を受けて刻々と変化していくものでもありますが、実は、IPOを目指すケースにおいては同種の「躓き」に悩まされていることも多いです。そのため、IPOのサポートを多く手掛け、ノウハウを蓄積している弁護士、社会保険労務士に相談することで、長らく頭痛の種となっていた問題が即座に氷解することも少なくありません。そのため、IPO支援に長けた弁護士、社会保険労務士等のプロフェッショナルの登用は、効率的・効果的なアドバイスを提供する観点からも重要であるということができます。

労務審査のよくある問題①:未払い残業代

未払い残業代は、企業が気づかないうちに発生することがあります。その主な原因としては、労働時間の管理が不適切で従業員の労働時間を実際よりも少なく算定してしまうことや、割増賃金の計算方法の誤り、歩合給制で残業代の支払いを見落とすこと、管理監督者の要件が法令及び裁判実務上の基準に照らして十分ではないと判断される場合などが典型例として挙げられます。

こうした問題を防ぐための一つの方策として、勤怠管理システムを導入し、PC上での打刻やICカードでの打刻により労働時間を正確に記録することが重要です。上場審査においては申請会社のオフィスや工場等に審査担当者が赴く「実査」が行われるのが通例であるところ、こうした実査の一環として、社内の勤怠管理システムについて質疑を行い、適切な労務管理がなされているのかを現場で確認することがよく行われています。こうした実査に対しても適切に対応できる社内整備と運用が求められます。

また、管理監督者とされる従業員については、昭和63年3月14日基発第150号の行政通達に基づき、「一般的には部長や工場長など、労働条件の決定や労務管理において経営者と一体的な立場にある者」として、名称にかかわらず実態に即して判断することが求められます(より具体的には、①経営に関する決定に参画し、労務管理に関して指揮・管理・監督する権限があること、②労働時間に関する裁量があること、③一般の従業員に比べて、その地位と権限にふさわしい賃金上の処遇があることを総合的に判断して、管理監督者性が判断されます。)。現実的な問題として、管理監督者性を厳密に捉えすぎることは企業活動のネックとなる場合もあると思われますが、上場を目指すタイミングでは、対象となる職種・職位の階層や社内における役割・権限を見直したり、給与水準を再設計するなどの方策を熟慮し、管理監督者の線引きを合理的・具体的なものに定めるよう検討することをお勧めします。

労務審査のよくある問題②:労働安全体制の未管理

平成30年6月29日に成立した「働き方改革法案」により、時間外労働の上限規制が導入されました。原則として、月45時間、年間360時間が時間外労働の上限となり、繁忙期を考慮した場合でも、時間外労働について年720時間以下、時間外・休日労働について単月で100時間未満、複数月の平均で80時間以下に抑える必要があります。この規制に違反した企業には罰則が科されます。

また、ハラスメント問題が労使間の紛争で最も多い課題の一つとなっており、従業員の健康管理を強化するための労働安全衛生体制の整備も求められています。労働安全衛生法に基づき、従業員が常時50人以上いる事業場では、衛生管理者や産業医の選任、月1回の衛生委員会の開催が義務付けられています。これらの安全衛生管理体制は法律で定められた義務であり、基準に該当する会社においては、運用面も含めた確認が実施されることになるため注意を要します。さらに、令和2年6月の労働施策総合推進法の改正により、パワハラ防止措置が義務化され、企業は相談窓口の設置や、パワハラを防止するための体制づくりが求められています。もしこれらの措置が不十分で、メンタルヘルスの問題が発生した場合には、企業は安全配慮義務違反を問われる可能性があります。そのため、「メンタルヘルス対応マニュアル」などの作成を通じて、従業員が健康で働きやすい職場環境を整備することが必要です。

IPO審査においても、これらの法令上の義務が果たされていない場合には、改善の指摘を受けることになります。「法令の要請に応えられているか」、「その内容は社内規程に適切に落とし込まれているか」という整備面の検討と、「社内規程に則った適切な運用が実施できているか」という運用面の検討といったように、両輪の対応状況を確認することが、円滑の上場手続の秘訣となります。

労務審査のよくある問題③:実態に即した社内規程の未整備、未運用

繰り返しとなりますが、IPOに際しては、会社のステージに応じた人事・労務関連の各種社内規程の整備と、それらの周知及び適切な運用が重要な課題となります。通常、整備すべき規程としては、就業規則や給与規程に加え、退職金規程、育児介護休業規程、旅費規程、慶弔見舞金規程、(就業規則を雇用形態別に設けている場合は)パートタイマー就業規則や契約社員(嘱託社員)就業規則等が候補として挙げられるほか、状況に応じて、安全衛生管理規程や出向規程、人事考課規程等の整備も求められます。また、昨今の働き方を踏まえた対応がなされているかも重要となります。例えば、テレワークを導入している場合は、在宅勤務規程を定めることも検討に値します。

また、これらの社内規程の要否を検討し、整備した場合には、運用を徹底しつつ、定期的にその内容の見直しを行うという一連のサイクルを社内に根付かせることも重要となります。

労務審査のよくある問題④:円満ではない離職に伴うトラブル

解雇とは使用者の一方的な意思により労働契約を解約することを言い、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法16条)とされています。解雇は判例によって確立された解雇権濫用の法理の各要件(客観的な合理性、社会通念上の相当性)を満たす必要があり、このような要件に反すると、権利濫用として解雇が無効となってしまいます。従業員を解雇すべき場面であっても、できるだけ「話し合いによる合意退職」(退職合意書の締結)により退職いただくことで、トラブルを防止することなどが実務上の対応として採られているところです。

ところで、日本取引所のウェブサイトには、「新規上場申請者の上場適格性に関する情報受付窓口」という受付窓口が設置されています。ここでは、上場会社の適格性に重大な影響を及ぼす事項についての情報を関係者から幅広く受け付けているところ、実務経験に照らした感触として、ここには退職した役員や従業員からの情報提供も一定件数存在します。

会社が上場することは、社会的な耳目を集める大きなイベントであり、上場が果たされることにより、会社には様々な変化や影響が生じます。こうしたタイミングにおいて、過去に会社から不当な扱いを受けたと感じる元役員・従業員が、会社の違法・不当な行為を糾弾するために、情報提供窓口に投書を行うことも起こり得ます。離職時のトラブルはこうしたシナリオを呼び寄せる一つの原因となり得る可能性を頭の片隅に置き、常日頃から円満かつ良好な企業活動を行うことは、スムーズな上場のための重要なファクターとなり得ることを意識しながら、人事・労務面の運用を進めることをお勧めします。

最後に

上場審査のために必要な社内規程のポイントは、【1】「企業のステージに応じた社内規程の整備」と、【2】「社内規程に則った運用の実践」、そして【3】「社内規程の定期的な見直し」です。上場という一つの目標を掲げ、企業のステージに応じた適時・適切なステップアップを行いながら、しっかりとした内部管理体制の基盤を整えることを目指しましょう。

キテラボ編集部より
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