2024年「11月の振り返りと12月の準備」
社会保険労務士の西岡秀泰です。
2024年も気がつけば、12月になりました。
年末調整や冬季賞与などの対応に追われていた方も多いのではないでしょうか?
来春には育児介護休業の法改正も控えており、私自身も最新情報のキャッチアップに奮闘しています。また、直近の選挙関係では「年収の壁」「パワハラ」などの単語がフォーカスされていたように思います。
改めて、11月を振り返りつつ、12月の準備をまとめたいと思います。
11月の振り返り
【1】副業促進へ、割増賃金の「労働時間通算ルール」見直し検討
参考ニュース:https://www.asahi.com/articles/ASSCC46XPSCCULFA01NM.html?ref=tw_asahi
副業など多様な働き方を推進するために、厚生労働省では割増賃金の「労働時間通算ルール」を見直そうとしています。
通算ルールとは、会社員が副業する場合、本業と副業の労働時間を通算して「1日8時間・週40時間」の法定労働時間を超えた場合、超過分に対して割増賃金を支払うというものです。企業に割増賃金を課すことで、長時間労働による健康被害から労働者を守るために設けられました。
A社で8時間勤務後にB社で副業する場合、割増賃金を支払うのはB社です。B社では割増賃金の負担だけでなく、A社での勤務時間を含めて労働時間を管理しなければなりません。また、A社でも1週間の通算労働時間を把握するためにB社での勤務状況を管理する必要があります。本業と副業の勤務先にとって、通算ルールのための労働時間管理は大きな負担です。
一方、働き方改革の一環として国では、企業に副業を認めるように働きかけています。2018年1月に「モデル就業規則」を改定し副業・兼業についての規定を新設したり、2022年7月には「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を改定し副業・兼業に関する情報公開を促しています。
また、副業や兼業を希望する人の数は年々増加傾向です。副業などを希望する理由は、「副業によって収入を増やしたい」「活躍の場を広げたい」「人脈を広げたい」などさまざまです。人生100年時代を迎えて、さまざまな職業を経験して多様なキャリアを形成することも将来役に立つでしょう。
企業にとっても、不足する働き手を確保したり、自社にない経験や知識、ノウハウを持つ人材を活用したりできるメリットがあります。
通算ルールを見直して割増賃金をなくし現行の複雑な労働時間管理を簡素化できれば、企業の負担が軽減され副業の拡大が期待できます。厚生労働省では、労働者の健康を管理するために簡便な労働時間管理の方法も検討中です。
通算ルールの見直しが実現するのはもう少し先になりそうですが、多様な働き方を求める求職者の採用に向けて雇用形態の見直しが必要になるかもしれません。
【2】厚労省「106万円の壁」の議論が本格化
参考ニュース: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA14BLZ0U4A111C2000000
2024年10月末の衆議院選挙以降「103万円の壁(所得税がかかる給与水準)」の撤廃が話題となっていますが、社会保険加入の要否を分ける「106万円の壁」の議論も本格化してきました。
「106万円の壁」と「130万円の壁」は、社会保険(健康保険や厚生年金など)の加入対象となる収入基準です。
配偶者が社会保険に加入している場合、年収106万円未満または130万円未満ならば、被扶養配偶者として配偶者の健康保険に、国民年金第3号被保険者として公的年金に加入します。どちらも保険料負担がないため、年収を抑えて働く人が一定数います。
社会保険に2種類の壁があるのは、勤務先によって社会保険の加入対象となる収入基準が異なるからです。勤務先の従業員数が51名以上の収入基準は106万円、50名未満の場合は130万円(※)です。
※厳密には配偶者の扶養から外れる収入基準です。勤務先で社会保険に加入するか、自分で国民健康保険や国民年金に加入することになります。
現在議論されている「106万円の壁」の見直し案は次の2つです。
・収入基準を撤廃する ・厚生年金保険料の一部を企業が肩代わりする |
収入基準を撤廃すれば「週所定労働時間が20時間以上」などの条件を満たす人は、社会保険の対象となります。年収の壁はなくなり、該当者は半強制的に社会保険に加入させられることになります。本来、手厚い保障のある社会保険加入者を増やそうとする国の施策ですが、手取り収入の減少を嫌う人もいるでしょう。
厚生年金保険料の一部を企業が肩代わりする案は、社会保険加入による手取り収入の減少を企業負担によって緩和しようというものです。本来、社会保険料は企業と従業員が折半して負担しますが、企業の負担割合を高めることで従業員の経済的負担と抵抗感を減らせます。
年収の壁を意識せず働ける環境づくりを支援するために設けられた「年収の壁・支援強化パッケージ」は2025年末に終了するため、2026年度以降に向けて検討が本格化すると思われます。
【3】女性の管理職比率、公表義務の方針
参考ニュース:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241126/k10014649941000.html
2024年11月26日に開催された厚生労働省の労働政策審議会で、従業員101人以上の企業を対象に「女性管理職比率の公表」を義務化することが検討されました。
働き方改革の一環として国が力を入れる「女性活躍推進」の取り組みを加速させるとともに、就職活動する人が職場を選ぶ際の参考情報として役立ててもらうことなどを目的とした義務化です。
2016年4月施行の女性活躍推進法(正式名称:女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)では、従業員数301名以上の企業に対して、次の「女性活躍に関する情報公表」を義務化しました。
- 職業生活に関する機会の提供に関する実績(採用者・労働者に占める女性の割合、管理職・役員に占める女性の割合など)
- 職業生活と家庭生活との両立に資する雇用環境の整備に関する実績(男女の平均継続勤務年数、男女別の育児休業取得率など)
また、2022年度の改正では、従業員数101名以上の企業についても上記に類する情報公開が義務化されています。今回検討されている公表義務化も、情報公表の拡大による企業の取り組み強化の一環と言えるでしょう。
国が女性活躍推進の取り組み強化を進める背景には、女性の就業率が高まる一方、依然として男女間の賃金格差が大きく女性管理職比率が低いことにあります。
労働政策審議会の資料によると、女性の賃金の74.8%(正社員に限定すると77.5%)です。また、管理職に占める女性の割合は12.9%(部長級に限定すると8.3%)という状況で、どちらの数値も国際的に見てかなりの低水準にあります。
引用:厚生労働省「女性活躍推進及び職場におけるハラスメント対策についての参考資料」
人出不足が深刻化する中、女性人材の活用は多くの企業にとって重要な課題と言えるでしょう。労働者数を確保するだけでなく、多様な考え方や発想を持つ女性が活躍することで組織の活性化も期待できます。
また、社外から女性が活躍している企業は働きやすい環境が整っていると見られることから、企業イメージにも大きく影響します。公表義務の有無にかかわらず、女性活用の状況を点検し今後の対応を検討する機会としてみましょう。
12月の準備
【4】年末調整における定額減税の対応
参考ニュース:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB13AZI0T11C24A1000000/
人事労務にとって、年末年始は年末調整の季節です。税務署に各種法定調書を提出し、還付金の振込手配や源泉徴収票を配布するまでは忙しい日が続くでしょう。今年度の年末調整で注意が必要になるのが、定額減税への対応です。
定額減税とは、2024年6月に実施された所得税と住民税の減税のことで、所得⾦額が1805万円以下の⼈が対象です。減税額は4万円(所得税3万円、住民税1万円)で、扶養家族がいれば、扶養家族の分も含めて減税されます。
2024年6月以降に支給された給与や賞与で減税は終わっていますが、確定した所得税額を基に、年末調整で再計算されます。たとえば、2024年12月までの給与・賞与で所得税を3万円控除した場合、確定した所得税額が3万円未満なら控除金額の修正が必要です。また、所得金額が1,805万円を超えると定額減税の対象から外れます。
年末調整におけるポイントは、定額減税の対象となる「扶養家族の人数」です。配偶者控除(または配偶者特別控除)や扶養控除の対象者となる扶養家族とは異なり、次が対象となります。
- 所得48万円以下の配偶者
- 16歳未満の子ども(扶養親族)
16歳未満の子どもは扶養控除の対象とならないため、年末調整時に申告書に記載しない人がいるかもしれません。記載漏れによって減税が受けられない可能性もあるため、従業員への周知が必要です。
1年限定の年末調整対応となるため、これまでの知識や経験を活かせなかったりシステム対応できなかったりすることも考えられます。国税庁の「令和6年分所得税の定額減税のしかた(年調減税事務の手順)」などを参考にして、ミスなく年末調整を乗り切りましょう。
※下記の記事でも、年末調整における定額減税について解説しています。合わせてご確認ください。
年末調整の定額減税(年調減税)を税理士が解説!源泉徴収票への記載方法も紹介
今回の年末調整で気おつけるべきポイントに定額減税があります。本記事では、年末調整時の定額減税(年調減税)の対象者、月次減税事務の対象者との違い、源泉徴収票への記載方法などを税理士が詳しく解説しています...
【5】12月2日からマイナ保険証へ切り替え
参考ニュース:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241017/k10014611681000.html
ご存知の通り、2024年12月1日に従来の健康保険証が廃止され、12月2日以降はマイナ保険証に一本化されます。マイナンバーカードに健康保険の加入情報を登録し、病院の窓口では従来の健康保険証の代わりにマイナンバーカードを提示します。
マイナ保険証の主な導入目的は、過去の受診状況や処方された薬などの情報を、医療機関や薬局などが共有できることです。本人が同意すれば、医師や薬剤師が過去のデータを確認できるため、豊富な情報を基に正しい治療や投薬ができるようになります。
また、医師や薬剤師だけでなく公的機関とも情報共有できるため、医療費に関する手続きを次の通り簡略化できます。
- 高額療養費(※)の申請手続きは不要になる
- 医療費領収書などが不要になるなど確定申告時の医療費控除申請が簡単になる
※1か月に病院の窓口などで支払った医療費が一定額(自己負担限度額、所得によって異なる)を超えた場合、申請により返金される金額。超過分が返金されます。
医療関係者にとっても、過去の受診状況や処方薬を患者から聞き取る作業を省けるなど、診療にともなう負担軽減が期待できます。
マイナ保険証への切り替えによって、企業がすべきことは次の事項についての従業員への周知・徹底です。
・原則マイナンバーカードを取得して利用登録後に健康保険証として使用する ・発行済みの健康保険証は2025年12月末日まで有効である ・マイナ保険証がない場合、「資格確認書」を申請して保険証として利用できる(有効期限は2025年12月末日) ※参考:「被保険者資格取得届」と「被扶養者(異動)届」の新様式にはこちら。 |
従業員の入退社や扶養者の異動があった場合、従来通り健康保険組合などに対して被保険者の資格取得・喪失届や被扶養者(異動)届の提出が必要です。また、退職者には、マイナポータルで健康保険の資格喪失手続きをするように案内しましょう。
健康保険証は従業員やその家族の生活に欠かせないため、切り替え当初はマイナ保険証に関する照会が多数寄せられる可能性もあります。迅速に対応できるように、厚生労働省の「マイナンバーカードの健康保険証利用についてよくある質問」を確認するなど、事前に準備しておきましょう。
※下記の記事でも、マイナ保険証について解説しています。合わせてご確認ください。
マイナ保険証への移行について。人事労務担当者が準備すべきこと【2024年重要トピック】
このマイナ保険証への移行に伴い、企業と従業員が行うべき対応や注意点について、本制度の導入目的やメリットと共に解説していきます。人事・労務関連の基礎知識から、社内規程の作成や見直しに関わる法改正の最新情...
キテラボ編集部より
11月を振り返ってみますと、割増賃金の「労働時間通算ルール」見直しや、「106万円の壁」の議論が本格化などの動きがありました。実務レベルの影響までは、まだ時間がかかりそうですが、引き続き情報のキャッチアップも大切になってきそうです。2024年も、いよいよ、あと僅かです。お体にお気をつけてお過ごしください。