改正雇用保険法が2024年4月に成立!被保険者の「週10時間以上」対象拡大など7個のポイントを解説
社会保険労務士の玉上 信明(たまがみ のぶあき)です。
2024年4月に雇用保険の適用対象者の拡大を盛り込んだ改正雇用保険法などが成立しました。
雇用保険の適用拡大だけでなく、自己都合離職者の給付制限の見直しや教育訓練給付の拡充など重要なポイントがいくつもあります。
本記事では、改正の背景や人事労務担当者として準備すべきことなどを解説します。
・改正雇用保険法の7個のポイント
ポイント | 施行期日 | 現在の概要 | 改正の概要 |
---|---|---|---|
【1】雇用保険の適用拡大 | 2028年10月1日 | 1週間所定労働時間20時間以上・31日以上の雇用見込み | 所定労働時間要件を「10時間以上」に拡大(被保険者約500万人増加) |
【2】自己都合離職者の給付制限の見直し | 2025年4月1日 | 離職時年齢、被保険者期間、離職理由等により、90日~360日分 自己都合離職者は離職後原則2か月の給付制限期間 | 自己都合者給付制限期間の見直し 自ら教育訓練を行った場合給付制限期間なし それ以外の場合も 1ヶ月に短縮。 |
【3】教育訓練給付の拡充 | 2024年10月1日 | 厚労大臣指定の教育訓練受講費用の一部を支給 | 給付率引上げ |
【4】教育訓練中の生活を支えるための給付の創設 | 2025年10月1日 | なし | 教育訓練休暇取得者に基本手当と同等の給付金の支給 |
【5】育児休業給付の給付率引上げ | 2025年4月1日 | 被保険者の育児休業時に支給 | 給付率引上げ等 |
【6】育児時短就業給付の創設 | 2025年4月1日 | なし | 幼児養育のための時短勤務者に一定の給付を行う。 |
【7】就業促進手当の見直し | 2025年4月1日 | 早期就職を促進する目的の給付 | 全体の見直し |
そもそも雇用保険とは
雇用保険の概要
雇用保険は、労働者が失業したときに、失業中の生活を心配することなく新しい仕事を探して、1日も早く再就職することができるようにするための給付を行う保険です。
失業者を対象とする求職者給付だけではなく、次のような事業も行われています。
・一定条件を満たした在職者及び離職者に、教育訓練経費の一部を補助する教育訓練給付
・60歳以上の労働者を対象とした高年齢雇用継続給付
・育児・介護休業を取得する労働者を対象とした育児休業給付や介護休業給付
雇用保険の保険料と計算方法
雇用保険の保険料は、労災保険と合わせて、概算で申告・納付し翌年度に確定の上精算します。事業主が前年度の確定保険料と当年度の概算保険料を併せて申告・納付します(「年度更新」:原則として例年6月1日から7月10日までの間に、この手続きを行います )。
労働保険料は、労働者に支払う賃金総額に保険料率(労災保険率+雇用保険率)を乗じて得た額です。
そのうち、労災保険分は、全額事業主負担、雇用保険分は、事業主と労働者双方で負担することになっています 。
事業の種類ごとに保険料が異なります。令和6年度の雇用保険料率は以下の通りです 。
(出典)厚生労働省 「令和6年度の雇用保険料率について」
改正雇用保険法の7個のポイント
それでは、2024年4月に成立した改正雇用保険法の7個のポイントを解説していきます。
【1】雇用保険の適用拡大
<施行期日>2028年10月1日
適用対象 | 現在の概要 | 改正の方向 | ||
(被保険者の要件) | 雇用されている人 | 1週間所定労働時間20時間以上・31日以上の雇用見込み | 所定労働時間要件を「10時間以上」に拡大 |
【見直しの背景】
雇用労働者の中で働き方や生計維持の在り方の多様化が進展してきました。
雇用のセーフティネットを拡大する必要があると考えられていました。
【見直し内容】
雇用保険の被保険者の要件のうち、週所定労働時間を「20時間以上」から「10時間以上」に変更し、適用対象を拡大します。
給付については、現行の被保険者と同様に、基本手当、教育訓練給付、育児休業給付等を支給します。短時間勤務者として別基準を設けるのではなく、同様の保護を図ります。
これにより、被保険者数約500万人の増加が見込まれます。
現在の被保険者は約4,500万人です。被保険者数が1割強増えることになります。
後述のとおり、実務の現場では一番影響が大きいと思われます。
(出典) 厚生労働省「雇用保険法等の一部を改正する法律」の改正内容
被保険者資格の週所定労働時間が10時間以上となることで、
週20時間を前提に設定されている基準が現行の2分の1に改正されます。
細かな手直しが伴うことに注意してください。
詳細は以下の通りです。
(出典) 厚生労働省「雇用保険法等の一部を改正する法律」の改正内容
社会保険労務士・玉上 信明のワンポイント
被保険者になりうる人が単純計算で1割以上増えます。
特にパートタイマーを多数雇用している企業には大きな影響があるでしょう。
人事労務担当者としても、雇用保険料の会社負担の増加、各種手続き数の増加による事務負担について、注意して準備を進める必要があります。
また、週10時間以上20時間未満の短時間勤務者にとっては、雇用保険料を新たに徴収されることへの抵抗もありうるでしょう。失業時の基本手当等のメリットをわかりやすく説明するなどの配慮が望まれます。
さらに、複数の事業所で短時間就業を掛け持ちしているような方をどのように扱うか、注意が必要です。当該2以上の雇用関係のうち一の雇用関係(原則として、その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける雇用関係とする)についてのみ被保険者となる、というのが法の定めです。
【2】自己都合離職者の給付制限の見直し
<施行期日>2025年4月1日
大分類 | 中分類 | 小分類 | 概要 | 改正の方向 |
失業等給付 | 求職者給付 | 基本手当 | 離職時年齢、被保険者期間、離職理由等により、90日~360日分自己都合離職者は原則2か月の給付制限期間 | 自己都合者給付制限期間の見直し自ら教育訓練を行った場合給付制限期間なしそれ以外の場合も1ヶ月に短縮。 |
【見直しの背景】
自己都合離職者に対しては、失業給付(基本手当)の受給に当たって、待期満了の翌日から原則2ヶ月間(5年以内に2 回を超える場合は3ヶ月)の給付制限期間があります ※ 。
倒産、解雇等により、再就職の準備をする 時間的余裕なく離職を余儀なくされた場合には、速やかに離職者を保護する必要がありますが、ご自分の都合で辞職するのは、ご自身の責任であり、国としてそこまで保護する必要はない、という趣旨です。
※ ハローワークの受講指示を受けて公共職業訓練等を受講した場合は給付制限が解除されます。
労働者が安心して再就職活動を行えるようにする観点等から、給付制限期間を見直す必要があると考えられてきました。
基本手当の受給期間は、離職後の翌日から1年間です。現状では、この給付制限期間のため、実際に給付日数が残っていても、給付が受けられなくなる場合もあります。下表参照。
(出典) 厚生労働省ハローワーク「離職された皆様へ」
【見直し内容】
離職期間中や離職日前1年以内に、自ら雇用の安定及び就職の促進に資する教育訓練を行った場合には、給付制限を解除します(すなわち「会社都合」等と同様に、7日間の待機期間後に直ちに給付が受けられます)。
現行でも「ハローワークの受講指示を受けて公共職業訓練等を受講した場合」は給付制限が解除されますが、今回の見直しでは、この「受講要件」が以下のように緩和されます。
イ 教育訓練給付の対象となる教育訓練その他の厚生労働省令で定める訓練(以下 「対象教育訓練」という。)を離職日前1年以内に受けたことがある受給資格者
ロ 対象教育訓練を離職日以後に受ける受給資格者
※ このほか、原則の給付制限期間も2ヶ月から1ヶ月へ短縮されます。
また、5年間で3回以上の自己都合離職の場合には給付制限期間を3ヶ月とします。
(出典) 厚生労働省「雇用保険法等の一部を改正する法律」の改正内容
今回の改正はあくまで「給付制限期間」の緩和・撤廃にとどまります。
会社都合退職と自己都合退職では給付の内容(基本手当の給付日数)には大きな違いがあります。この点は改正後も同様です。
(注)下表の「特定受給資格者・一部の特定理由離職者」が、会社都合などに該当します。
(出典) 厚生労働省ハローワーク「離職された皆様へ」
【社会保険労務士・玉上 信明のワンポイント】
この改正は自己都合時の給付制限期間を解除又は短縮するもので、自己都合退職者にはそれなりのメリットが得られるでしょう。
制度の要件の「対象教育訓練」受講も促進され、ふさわしい転職を促進する効果は期待できます。とはいえ、自己都合退職時の基本手当が増加するものではなく、この制度だけで直ちに転職増加に繋がるかどうかは疑問とも思われます。
人事労務担当者としては、自社の優れた人材の流出をどのように防ぐか、という定着策に従来同様に力を入れる必要があるでしょう。逆に 他社から優れた人材を取り込むチャンスになるかもしれません。
【3】教育訓練給付の拡充
<施行期日>2024年10月1日
中分類 | 小分類 | 現在の概要 | 改正の方向 |
教育訓練給付 | 教育訓練給付金 | 厚労大臣指定の教育訓練受講費用の一部を支給 | 給付率引上げ |
【現状の課題】
○ 厚生労働大臣指定の教育訓練を受講・修了した場合にその費用の一部を支給(教育訓練給付)を通じて、労働者の学び直し等の支援が行われてきました。
○ さらに、個人の主体的なリ・スキリング等への直接支援をより一層、強化、推進するとともに、その教育訓練の効果(賃金上昇や再就職等)を高めていく必要があると考えられていました。
【見直し内容】
・教育訓練給付金の給付率の上限を受講費用の70%から80%に引き上げられます。
・ 専門実践教育訓練給付金(中長期的キャリア形成に資する専門的・実践的な教育訓練講座を対象)について、教育訓練の 受講後に賃金が上昇した場合、現行の追加給付に加えて、更に受講費用の10%(合計80%)を追加で支給されます。
・ 特定一般教育訓練給付金(速やかな再就職及び早期のキャリア形成に資する教育訓練講座を対象)については、資格取得し就職等した場合には、受講費用10%が追加支給され、合計50%が給付されることになります。
(出典) 厚生労働省「雇用保険法等の一部を改正する法律」の改正内容
【4】教育訓練中の生活を支えるための給付の創設
<施行期日>2025年10月1日
中分類 | 小分類 | 現在の概要 | 改正の方向 |
教育訓練給付 | 教育訓練休暇給付金(創設) | なし | 教育訓練休暇取得者に基本手当と同等の給付金の支給 |
【見直しの背景】
○ 労働者が自発的に教育訓練に専念するために仕事から離れる場合、訓練期間中の生活費を支援する仕組みが設けられていませんでした。
○ 労働者の主体的な能力開発をより一層支援するため、離職者等含め労働者が生活費等への不安なく教育訓練に専念できるようにする必要があると考えられていました。
【見直し内容】
雇用保険被保険者が教育訓練を受けるための休暇を取得した場合に、基本手当に相当する給付として、賃金の一定割合を 支給する教育訓練休暇給付金が創設されます。
(出典) 厚生労働省「雇用保険法等の一部を改正する法律」の改正内容
【5】育児休業給付の給付率引上げ
中分類 | 小分類 | 現在の概要 | 改正の方向 |
育児休業給付 | 育児休業給付金 | 被保険者の育児休業時に支給 | 給付率引上げ等 |
<施行期日>2025年4月1日
【現状の課題】
○ 育児休業を取得した場合、休業開始から通算180日までは賃金の67%(手取りで8割相当)、180日経過後は50%が支給されています。
○ 若者世代が、希望どおり、結婚、妊娠・出産、子育てを選択できるようにしていくためには、夫婦ともに働き、育児を行う 「共働き・共育て」を推進する必要があると考えられてきました。
特に男性の育児休業取得の更なる促進が求められていました。
【見直し内容】
○ 子の出生直後の一定期間以内(男性は子の出生後8週間以内、女性は産後休業後8週間以内)に、被保険者とその配偶者 の両方が14日以上の育児休業を取得する場合に、最大28日間、休業開始前賃金の13%相当額を給付し、育児休業給付とあ わせて給付率80%(手取りで10割相当)へと引き上げられます。
※ 配偶者が専業主婦(夫)の場合や、ひとり親家庭の場合などには、配偶者の育児休業の取得を求めずに給付率を引き上げるものとされています。
(出典) こども家庭庁 「子ども・子育て支援法等の一部を改正する法律(令和6年法律第47号)の概要」
【6】育児時短就業給付の創設
中分類 | 小分類 | 現在の概要 | 改正の方向 |
育児休業給付 | 育児時短就業給付(創設) | なし | 幼児養育のための時短勤務者に一定の給付を行う。 |
<施行期日>2025年4月1日
【見直しの背景】
○ 現状では、育児のための短時間勤務制度を選択し、賃金が低下した労働者に対して給付する制度は設けられていませんでした。
○ 「共働き・共育て」の推進や、子の出生・育児休業後の労働者の育児とキャリア形成の両立支援の観点から、柔軟な働き方として、時短勤務制度を選択できるように求められています。この場合の賃金低下を補う施策が必要と考えられてきました。
【見直し内容】
○ 被保険者が、2歳未満の子を養育するために、時短勤務をしている場合の新たな給付として、育児時短就業給付が創設されます。
○ とはいえ、時短勤務を第1の選択肢とするのは必ずしも適当ではありません。
「休業よりも時短勤務」「時短勤務よりも従前の所定労働時間での勤務」を推進する観点から、時短勤務にかかる給付率は「時短勤務中に支払われた賃金額の10%」と定められました。以下の図のように、細かな調整が行われています。
(出典) こども家庭庁 「子ども・子育て支援法等の一部を改正する法律(令和6年法律第47号)の概要」
【7】就業促進手当の見直し
<施行期日>2025年4月1日
【現状の課題】
○ 現状の手当は次のようになっています。
「就業手当」安定した職業以外の職業に早期再就職した場合の手当です。
「就業促進定着手当」早期再就職したが、離職前の賃金から再就職後賃金が低下していた場合に、低下した賃金の6か月分を支給する手当です。
○ 支給実績や人手不足の状況等を踏まえた各手当の在り方について、検討する必要がある、とされていました。
【見直し内容】
「就業手当」を廃止
「就業促進定着手当」の上限を支給残日数の20%に引き下げ
これらの手当の受給者数が多くない等の事情もあり、手当全体の体系の見直しが行われたものです。
【補足】令和6年までの暫定措置の見直し
<施行期日>2025年4月1日
【現状の課題】
○ 雇止めによる離職者の基本手当の給付日数に係る特例、地域延長給付(雇用機会が不足する地域における給付日数の延長)、 教育訓練支援給付金(45才未満の者に基本手当の80%を訓練受講中に支給)は、令和6年度末までの暫定措置になっていました。
○ このような暫定措置の在り方について、検討する必要がある、とされていました。
【見直し内容】
○ 雇止めによる離職者の基本手当の給付日数に係る特例、地域延長給付を2年間延長する。
○ 教育訓練支援給付金の給付率(基本手当の80%)を60%に引き下げ、2年間延長する。
(出典) 厚生労働省「雇用保険法等の一部を改正する法律」の改正内容
まとめ
以上の通り、雇用保険法の改正内容は多岐にわたります。
現行の雇用保険法そのものが、従来の失業給付に加えて、就職促進、教育訓練、雇用継続など、「失業等給付」として雇用の安定のための幅広い施策が盛り込まれ、さらに「育児休業給付」は独立した重要な施策になっています。
今回の法改正は、「多様な働き方」と「人への投資」を支える施策、育児における「共働き・ 共育て」の支援を網羅したものです。
人事労務担当者としては、改正内容をよく理解して実務の準備を進めるのみならず、従業員に制度の趣旨内容をわかりやすく説明し、必要な手続きをサポートする等の配慮が望まれます。従業員の定着にもリクルートにも大きな効果が期待できます。
「多様な働き方」「人への投資」「共働き・共育て」への積極的な関与が、従業員の意欲・能力を高め、事業の発展にもつながっていくでしょう。