労働基準監督署の調査とは?「2024年問題」に対する労働基準監督署の対応も解説

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原 論

社会保険労務士の原 論(原 労務安全衛生管理コンサルタント事務所)です。

建設業や運送業など2024年4月から、時間外労働の上限規制が適用されました。メディアでも「2024年問題」と取り上げられ、大きな話題となっていました。

そもそも2024年問題というのは、これまで時間外労働に関する上限規制が猶予されていた3業種(建設業、トラックバス・タクシーなどの自動車運転手、医師)について、2024年4月以降、猶予措置がなくなり規制が強化されるというものでした。その猶予の切れた業種に対しては、労働基準監督署による指導もあわせて強化されると言われております。

各業種においてもこの問題に対する取り組みには温度差がある上、従来の取引慣行の是正や体制の確保など、その周辺環境の整備が不十分な状況が見受けられます。

本記事では、19年間、東京、埼玉、神奈川の各労働局において労働基準監督官として勤務した経験をもとに、「2024年問題」を中心として、労働基準監督署が各事業場の労務管理の実態を確認しチェックする調査のポイントを解説します。

労働基準監督署の調査とは

調査の種類

労働基準監督署(以下「監督署」とします。)の調査は、監督署内部の部署ごとに行われていますが、その中でも各方面や監督課が各事業場を訪問したり呼び出したりして、法令の遵守状況を確認する調査を「監督指導」と呼んでいます。各方面や監督課が直接事業場を訪問することを「臨検」と呼んでいますので、直接監督指導を行うことを「臨検監督」、監督署の会議室に書類など持参するよう多数の事業場を呼び出して監督指導を行うことを「集合監督」など呼んでいます。

キテラボ編集部より
臨検については、下記の記事で詳しくまとめています。あわせてご確認ください。

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労働基準監督署の臨検とは?定期監督、申告監督、災害時監督を解説

監督署が行う臨検には、定期監督、申告監督、災害時監督、再監督の4種類があります。どのようなケースが対象になるのか、など解説しています。

労働基準監督官の権限

監督署のこれらの業務を担当する者は、全て国家公務員である労働基準監督官(以下「監督官」とします。)となります。監督官は、単独でも使用者を呼び出したり事業場に臨検できる権限を持っており、労働基準法や労働安全衛生法などの労働基準関係法令に関する尋問や書類の提出に応じない場合には罰則も適用されてしまうという強力な権限でもあります。

そして、労働基準関係法令の違反を確認した場合には、文書による勧告や命令、指導などを行い、悪質な場合にはその法令違反について司法警察官として捜査する権限(特別司法警察職員)があります。そのため、この権限行使を避けるためにも、文書による指導を受けた内容については是正したうえで報告する必要があるのです。

労働基準監督官の人数

監督官は、第一線である監督署の各方面や監督課に全国で約3000名ほどが勤務しています。同じように強制権限をもって業務を行う警察職員(約30万)、国税職員(約5万6千人)、海上保安庁職員(1万4千人)などと比較すると、圧倒的に少ない人数です。それに対して建設現場などの有期事業を除いた継続事業場の数が約400万あり、これを換算すると1人1333件の事業場を担当する計算となり、窓口での相談対応、労働者からの申告に基づく処理、司法捜査や許認可の調査などそれ以外の業務も含めて考えると、10年でも1度訪問できるかどうかという状況です。それ以外にも、建設現場への臨検監督や労災事故の調査などの業務もあり、実際にはほとんど訪問することがない事業場も数多く存在しています。

厚生労働省では、全ての事業場に問題があるとは考えておらず、一定数の問題のありそうな事業場に対して効果的に監督指導を実施するための「監督指導計画」を策定し、それに基づいて各監督署で監督指導を実施するようにしています。要は、問題のありそうな母集団をピックアップして、効率的に労働基準関係法令の指導を行っていくことで、限られた人数の中、地域の遵法水準を高めていこうとしているわけです。

そのため、各監督署において年間の監督指導計画が立てられ、そのリストをもとに各月の監督指導計画を監督官に割り振って実際の監督指導が行われることになるのです。

調査のタイミングについて

それでは、この監督指導の一般的な流れについてご説明いたします。確認する事項は、各監督官の経験や能力などによって差があります。

臨検監督の場合

臨検監督については、基本的に予告がありません。予告なく実施することで、実態を正確に把握するという目的があります。その場で必要書類を確認し、法令の順守状況について問題があれば是正勧告書や指導票などを交付して是正を求めることになっています。ただし、担当者がたまたま不在であった場合などもありますが、予告なく臨検監督する以上、仕方がないことですから、その際には、後日日程調整の上で臨検監督を実施することになっています。

中には、この体裁を整えるために一度直接訪問した上で、担当者の在不在関係なく、用意する書類を記載した文書を一方的に渡して準備出来次第連絡するよう指示し、日程調整したうえで再度訪問するという「反則的」な監督官も一定数います。これは、担当者不在の場合を避けることや確認する書類を前もって準備させておくことで、短時間で効率的に監督指導を行うことができるため、割り振られた計画のノルマを達成させるための手段として使われているようです。

集合監督の場合

会議室に多数の事業場を呼び出すような集合監督の場合には、必ず文書が事前に送付されて、目的や日時、持参書類等が書かれています。日程が合わないようであれば、電話連絡して調整してもらいます。連絡なく訪問しないような場合には、刑事手続きに移行してしまうこともありますので、必ず連絡を入れましょう。

臨検監督の場合、法令上の権限としては、労働基準監督官証票を示しさえすれば許可なく立入り、書類や端末などを確認し、その内容について使用者や労働者に陳述させるということが可能になっています。ただし、ほとんどの場合、監督官が訪問した際には労務管理の実態を確認したいなど訪問の理由を告げ、名刺交換の上で調査を開始することになります。このような権限があるという法的な背景だけは理解した上で、臨検監督に対応する必要があります。また、この際に臨検を拒否したり、虚偽の陳述や虚偽の書類を示してしまうと、それだけで処罰の対象となってしまうため、慎重な対応が必要です。担当者が不在で確認できる書類の所在が分からないといった場合には、前述のとおり日を改めることも可能ですので、その旨を告げてください。

監督指導の当日の流れについて

【1】労働時間の管理の状況の把握

まずは、労働時間の管理の状況の把握からスタートすることになります。どのような形で労働時間の把握を行っているのか、そしてその方法は客観的な方法なのかという点を確認することになります。これは、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に基づいた管理がなされているのかをチェックすることになりますので、勤怠システムなどで客観的管理が行われている場合には、その後の監督指導内容もやや緩くなりがちです。逆に自己申告制など、客観的データに基づかない把握の場合には、各自の端末のログやデータの保存時刻、メールの送信時刻などを確認したり、警備記録などの確認を行ったりすることもありますので、十分な注意が必要です。自己申告制に対しては、監督官は疑ってかかることが多くなりますし、実際に問題があるケースが多数です。

【2】残業代の支払いは適正かなど確認

次に、賃金台帳のデータから、残業代の支払いが多い者や、逆に手当てを支払っていない者などをピックアップし、その者の時間管理のデータを確認します。長時間労働が認められる者や36協定を超過しているのかどうか、実際の残業代の支払いは適正かなど確認を行うことになります。

【3】実際の就業規則などとの一致を確認

話を聞いている流れで、労働条件と実際の就業規則や労働条件通知書などが一致しているか、年休付与簿を元に年休の取得状況や5日間の強制付与の取得などの確認を行います。また、問題になりやすい管理監督者の範囲の特定なども行います。その他、各届出の提出状況や賃金控除協定など法定労働条件の確認も行うことになります。

長時間労働者に関しては、健康確保措置として医師による面接指導の希望を確認しているかどうか、脳心臓疾患を引き起こしやすいいわゆる死の四重奏と呼ばれる肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症の各基礎疾患を持っている者に長時間労働を行わせていないか、その他健康診断の実施状況や安全衛生委員会での活動内容、安全管理者、衛生管理者、産業医の選任状況はどうかなど、広く安全衛生に関する内容を確認していくことになります。ここ最近では、健康管理に重点が置かれていることから、過重労働による脳心臓疾患、精神疾患発祥のリスクなどチェックする内容が増えています。

問題点が確認された場合

最終的に法令違反や健康管理などの問題点が確認された場合、是正勧告書や指導票、専用指導文書など文書を交付されることになります。監督官によっては、その場で手書きで書くものもいれば後日監督署に呼び出して交付する者もいます。内容が多岐にわたるような場合には、戻ってパソコンで作成することが多いかもしれません。交付された文書には、受け取りの署名押印を求められます。交付する文書には、是正期日が記載されることになりますが、指定される期日までに監督官に対して是正報告書を提出し、是正したことの報告を行います。内容が重要なものであったり再確認が必要な場合には、再度確認のための監督指導が行われることになりますので、虚偽の内容などで報告してしまうと、悪質であると判断されて送検手続に移ってしまいます。

問題がなく、法違反の是正が確認できれば処理は完結となります。ただし、長時間労働や残業代未払いなどの違反があった場合には、繰り返される可能性があるということで、2、3年後など一定期間ののちに再度監督対象となることがありますので、注意が必要となります。

また、「過重労働撲滅キャンペーン月間」である11月に行われる監督指導に関しては、多くが投書や電話など何らかの情報がもたらされて訪問することになります。この場合には、情報をもたらした犯人探しなどは厳禁で、問題点を精査して根本的に改善しないと、大量離職や告訴などの重大な事態に陥ってしまう可能性があります。

2024年度の監督指導計画の内容について

監督指導計画の内容については明かにされていません。これは各監督署がそれぞれたてた計画であり、情報開示請求を行ったとしても表に出ることはありません。しかし、厚生労働省や各都道府県労働局においては、その年に労働行政が取り組む課題について、「地方労働行政運営方針」というものを毎年公表しています。この内容を見ていくと、監督指導計画の中心となる方針が記載されており、大まかにこの方針を確認することで今年度の監督指導計画の方向性が見えてくることになります。重要となる項目の順番に記載されており、それらの項目に多くの業務量を配置することとしています。

それでは、厚生労働省が公表した行政運営方針の中で、監督指導を行うこととしている内容を具体的に確認してみましょう。

(1) 長時間労働の抑制

長時間労働の抑制については、昨年度まで支援や導入促進など、監督指導ベースではない働きかけ中心の政策でしたが、今年度については、4つの内容に関して取り組むこととしています。このうち、監督指導で取り組む部分は以下の部分のみです。

①長時間労働の抑制に向けた監督指導の徹底等

昨年度から引き続き、各種情報から時間外・休日労働時間数が1か月当たり80時間を超えていると考えられる事業場及び長時間にわたる過重な労働による過労死等に係る労災請求が行われた事業場に対する監督指導を引き続き実施するとしています。この情報のもととなる部分は、各企業が提出する36協定をベースとしており、特別条項を締結して80時間以上の勤務が可能となっている事業場はピックアップされて、監督対象事業場の候補となります。また、過重労働を起因とする労災請求が行われた場合には、速やかな監督指導を実施することとしています。

(2)労働条件の確保・改善対策

誰もが安心して働くことができる良好な職場環境を実現するためには、最低基準である労働基準関係法令の履行確保が必要不可欠としていることから、重大悪質な事案に対しては、厳しい対応で臨むこととしている部分もあります。

①法定労働条件の確保等

事業場における基本的労働条件の枠組み及び管理体制の確立を図らせ、これを定着させることが重要であり、労働基準関係法令の遵守の徹底を図るとともに、重大・悪質な事案に対しては、司法処分も含め厳正に対処すると示しております。

ここでは、労務管理に関する監督指導時には最重要視される労働時間の客観的管理について、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」による適正な把握が行われていることを確認することとしています。逆に、客観的把握を行わないことや、労働時間の虚偽記載などあった場合には、ガイドラインにも盛り込まれていることですが、労働基準法第120条に基づく罰金刑に処せられることとしています。

また、外部委託の「労働条件相談ホットライン」やインターネット情報監視システムによる情報収集に基づいて、厚生労働本省においてピックアップした情報を管轄の労働局に送り監督指導を求めることも含まれています。

企業内で不満を持つ方が相談やネットへの書き込みなど行った場合、これらをもとに監督指導が実施される可能性がありますので、いかに問題を内部で解決できるのか企業内の風通しのよさが重要となってきます。

②特定の労働分野における労働条件確保対策の推進

社会的問題となるなど特定の者に関して生じるトラブルを防止するために、特に取り組みを実施するよう求めている内容です。今年度も、昨年度から引き続き、㋐外国人労働者、㋑自動車運転者、㋒障碍者である労働者、について個別の問題把握と監督指導を実施するとしています。特に、外国人労働者に関しては、外国人技能実習生の人権など国際問題として取り上げられた経緯があることから、外国人技能実習機構と連携を取りつつ、重点的に監督指導を行うこととしています。監督署には、外国人技能実習生を使用する事業場、すなわち実習実施者についてのリストが配布されており、監督対象となる企業に事欠くことはありません。ここでも、労働基準関係法令の遵守の徹底を図るとともに、重大・悪質な事案に対しては、司法処分も含め厳正に対処すると示しております。なお、外国人技能実習制度は制度自体の全面改正を予定とした法案が国会に出されており、国際貢献を建前とした現制度から人材確保を前面に押し出した「就労育成支援制度」への変更が予定されています。

③「労災かくし」の排除に係る対策の一層の推進

従来から問題がなくなることのない「労災かくし」について、監督署内で連携を取りつつ、発覚した場合には司法処分も含めて厳正に対処することにしています。なお、労災かくし自体は、労働者死傷病報告の未提出若しくは虚偽報告に加え、正しい内容の労災申請を行わなかった若しくは全く労災手続きを取らなかったという2つのことが同時に行われた場合に、労災かくしとして刑事事件に移行する可能性があります。虚偽報告自体が、行政を欺こうとする行為であるとして、検察庁においても比較的起訴されやすい内容となることから、絶対に行わないようにしなければなりません。

(3)14次防を踏まえた労働者が安全で健康に働くことができる環境の整備

ここから、安全衛生に関する指導内容について触れられています。昨年示された第14次労働災害防止計画によれば、死亡災害は減少が図れたものの、休業災害は依然増加傾向にあり、特に高年齢者による災害や女性労働者を中心とした作業行動に伴う転倒災害などが増えていることから、事業者の安全衛生対策の促進と社会的に評価される環境の整備を図っていくこと、そのために、厳しい経営環境等さまざまな事情があったとしても、安全衛生対策に取り組むことが事業者の経営や人材確保・育成の観点からもプラスであると周知、 転倒等の個別の安全衛生の課題に取り組んでいくこと、そして 誠実に安全衛生に取り組まず、労働災害の発生を繰り返す事業者に対しては厳正に対処する、という方針を示しています。

労働安全衛生の政策上、事業者の自主的な管理によるものにスライドされていることから、管内の情勢に合わせた従来の個別業種などに対する安全衛生対策のための監督指導に加え、安全衛生活動に対して取り組まないまま労災事故を繰り返す事業者には司法事件とすることも前提に対応していくことにしています。また、昨年度以降労働安全衛生法令の改正が多数なされており、これらの点については監督指導の際に確認を受ける事項となっています。

「2024年問題」に対する労働基準監督署の対応

2024年4月以降、猶予の切れた3業種に対する指導の方向性が注目を浴びていました。これまでの猶予期間が終了することにより、これからは厳しい取り締まりにかじを切るのか、あるいは引き続き援助や支援などを行う方向に進むのか明らかにされていませんでした。

結果としては、凝視絵運営方針によれば、個々の事業場の取り組みのみでは長時間労働の抑制が困難な状況があることから、引き続き、令和6年度適用開始業務等に対しては、時間外労働の上限規制や改正改善基準告示等の更なる理解のため、事業者、労働者、国民等に対する周知・広報等を強力に推進するとともに、丁寧な相談・支援を行っていく必要があると結論付けています。そのため、今年度に関しては、直接的な取り締まりというより周辺環境整備を重視することから、即送検などの厳しい措置については猶予されていると考えてよいでしょう。

現時点で違法な状態にある会社については、2025年4月までに違法状態が解消できるよう取り組みが必要です。そのためには、何より労働時間の客観的な把握のため、システムによる管理を進め、適正な労働時間の打刻を行う習慣をつけさせ、現状の把握を十分に行わなければなりません。その上で、無駄な時間の削減や業務の見直しについて受注段階から改善する必要があります。長時間労働の根本的な原因は、管理者による業務の進行管理が行われていないことから始まります。そのため、その業務がどのくらいのコストや人数、時間がかかるのか、現在の進行状態はどのようになっているのか管理者が十分に把握を行い、出来ない仕事は受けないという姿勢も重要になります。

この先、就業労働人口は減少傾向をたどります。人材確保の観点からも労働時間の短縮は喫緊の課題なのです。

原 論
原 労務安全衛生管理コンサルタント事務所  社会保険労務士
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