2024年「10月の振り返りと11月の準備」
特定社会保険労務士の今堀祐介です。
気がつけば猛暑が過ぎ去り、秋風が心地よい季節となりました。今年は年末調整の準備に加えて、マイナ保険証の対応などもあり、人事労務担当者としては忙しい時期になりそうです。
本記事では、皆様の業務に活用できるようなトピック5個をご紹介します。ご参考になれば幸いです。
10月の振り返り
【1】カスハラ防止条例が東京都で成立
参考ニュース:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC0141C0R01C24A0000000/
タイトルのとおり、東京都でカスハラ防止条例が成立(施行は2025年4月1日)しました。カスハラとは、「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と条例では定義づけられています。
条例なので、東京都しか関係がないのでは?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはありません。労働契約法や労働安全衛生法では、業務に従事するにあたって労働者の心身の健康が損なわれないような措置を講じる義務(いわゆる「安全配慮義務」)を使用者に課しています。つまり、法律レベルで、従業員の心身の健康を守るための措置を講じることを義務付けており、カスハラによる就業環境の悪化についても安全配慮義務の対象となります。
では、カスハラ対策を怠るとどうなるのでしょうか?先にもご案内したとおり、会社は契約上の義務として安全配慮義務を負います。この義務を怠ってしまうと、契約上の義務の不履行(債務不履行)ということになるため、不履行によって従業員に生じた損害を賠償する責任を負わされる場合があります。したがって、カスハラが起きないような体制、そして、カスハラが起きてしまっても被害にあった従業員が心身の不調をきたさないようフォローをする体制を敷くことが求められます。そのような体制の例として、以下のようなものがあります。
①相談窓口の設置及び従業員への周知 ②カスハラをするような顧客への対応についての研修の実施 ③カスハラが生じた際、その対応をしていた従業員を、その顧客の担当から外す、または、その顧客の対応を複数の従業員で行う。 ④弁護士に依頼をし、弁護士から強く抗議をしてもらう。 |
安全配慮義務に関する裁判例を見ると、現実に心身の不調をきたしたわけでは無いにも関わらず、管理体制の不備について従業員に対する慰謝料を認めたものもあります。(100時間を超える時間外労働があるにも関わらず、労働時間管理を怠ったことを理由に、慰謝料を認めた事案として、令和1年9月26日付長崎地方裁判所大村支部判決 いわゆる狩野ジャパン事件)したがって、カスハラが現実に起きるか起きないかに関わらず、会社としてしっかりと体制を敷くことが求められます。
※下記の記事でも、企業のカスハラ対応を解説しています。録画セミナーも視聴できます。
カスハラ対応を徹底解説!弁護士と大学教授が企業に求められる対策を探る【セミナーレポート】
成蹊大学法学部教授 原 昌登氏と使用者側弁護士 向井 蘭氏が登壇しました。「カスハラ対応」と「ポスターの効果」についてのトピックをご紹介いたします。人事・労務関連の基礎知識から、社内規程の作成や見直し...
【2】ストレスチェック「50人未満」にも義務化を検討
参考ニュース:https://www.rodo.co.jp/news/184815/
周知のとおり、2015年から常時50人以上の従業員を雇用している事業所については、ストレスチェックが義務付けられていますが、現在全ての事業所においてストレスチェックを実施すべきという議論がなされ、制度が変わる見込となっています。
ただし、本稿執筆の段階では監督署への報告については義務化しない方向と言われています。監督署への報告義務が課されない以上、実際にストレスチェックをしなくても特に会社に不利益はない、と考えてしまう会社も実際にはあると思います。ただ、そのように考えてしまうのは危険です。
カスハラの記事でも触れましたが、会社は安全配慮義務を負っています。例えば、従業員が強い精神的な負荷を感じているのであれば、そのストレスが会社に起因していたとしても、プライベートなことに起因していても、何らかの対応(有給休暇の取得を促したり、業務の配分等)をすることが法律上求められます。
しかし、法律により実施が義務付けられているストレスチェックを怠っていたとなると、会社として安全配慮義務を講じていたという主張が認められることは難しいと思われます。したがって、従業員が精神的な不調に起因して体調を崩してしまった場合には、会社は安全配慮義務違反の責任を問われ、高額の損害賠償金の支払をしなければならない事態になりかねません。
監督署への報告義務や集団分析についてはどのような見通しになるかまだ分かりませんが、ストレスチェックの実施は従業員だけでなく会社も守ることにつながります。
【3】最低賃金への対応
参考ニュース:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241001/k10014596781000.html
唐突ですが、繁忙時間帯については高額な賃金単価を設定するかわりに、閑散した時間帯について最低賃金を下回る賃金単価を設定する、という契約を結ぶことはできるのでしょうか。
令和5年6月9日付千葉地方裁判所判決では、最低賃金に係る法規制は全ての労働時間に対し時間当たりの最低賃金以上の賃金を支払うことを義務付けているものではないとし、ある時間帯について時給750円となるような合意が形成されたとしても、直ちに合意が無効となるわけではないと判示しました。
これに対して控訴審では、時間帯ごとに賃金単価を時間帯によって異なるものとするためには、その趣旨や内容が明確でなければならないと判示し、そもそも時給750円とする合意が形成されていたこと自体を否定しました(単位時間当たりに最低賃金を割り込むことについては言及をしませんでした。)。
この判決を読むにあたっては、時間帯ごとに異なる賃金額を設定するにあたって、単に趣旨や内容を明確にしさえすれば良いという問題ではないという点に注意が必要です。
労契法7条では、就業規則に記載された内容が労働条件となる為の要件に、その内容が合理的であることを求めており、労働条件は合理的なものでなければならないことが分かります。つまり、時間帯ごとに異なる賃金単価を設定するにあたっても、前提として、そのような設定が合理的であることが求められます。
これをふまえて冒頭の問いについて検討してみましょう。最低賃金法では第4条第2項で、「最低賃金額に達しない賃金を定めるものは、その部分については無効とする。」と定めたうえで、第8条で最低賃金法の適用除外について定めています。
つまり、ある時間帯について最低賃金を下回る賃金単価を設定することについて合理性が認められるためには、最低賃金法8条等に列挙された事由に類似する事情が必要と考えられます。しかし、最低賃金の適用除外については厳格に運用されていることをふまえると、ある時間帯について最低賃金を下回るような合意について簡単に合理性が認められることは無いと思われます。
今般の最低賃金の大幅な上昇は会社の財政を逼迫する大きな要因です。しかし、最低賃金の支払を免れることはできません。技巧的な賃金制度の設定はかえってリスクを高めてしまうので注意が必要です。
※下記の記事でも、2024年の最低賃金の改定について解説しています。合わせてご確認ください。
最低賃金の改定(2024年)のポイントと実務の注意点を解説!
2024年10月の賃金改定の引き上げは、大幅なものでした。最低賃金の計算方法や、就業規則の改定など、企業側が対応すべきことを社労士が解説しています。
11月の準備
【4】フリーランス保護法(新法)への対応
参考ニュース:https://www.jftc.go.jp/freelancelaw_2024/
2025年11月からフリーランス保護法が施行されます。業務委託関係における受注者を保護することを目的とした法律で、特に下請法ではカバーできない規模の受注者(以下、「フリーランス」といいます。)の方をも保護することを目的としています。
要点としては以下の6点です。
①給付の内容や報酬額等を書面等による明示の義務付け ②60日以内の報酬の支払 ③取引における不当な取扱いの禁止 ④募集時における正確な表示 ⑤ハラスメント防止措置の義務付け ⑥継続的な取引の中途解除における30日前予告 |
平たく言えば、フリーランスの方についても、労働者関係法令の適用を受ける労働者のように扱うことを義務付ける法律です。フリーランス保護法に定める一部の義務を怠った場合には、労働基準法同様に行政上の不利益処分や罰則が科せられることがあります。
筆者が注目するのは⑤のハラスメント防止措置の義務付けです。労働者に対するハラスメント防止措置は、パワハラについては労働施策総合推進法により、セクハラについては男女雇用機会均等法により、育児又は介護に関するハラスメントについては育児介護休業法によりそれぞれ義務付けられていますが、フリーランス保護法では、上記のそれぞれのハラスメントについて、発注者側に防止措置を講じる義務を第14条において定めています。
フリーランスに対するハラスメントについて、令和4年5月25日東京地裁判決(いわゆるアムールほか事件)があります。この事案では、発注者側の会社に対して、フリーランスの方の心身の健康を損なわないようにするための措置を講じる義務(いわゆる安全配慮義務)があると判示しており、フリーランス保護法がその流れを汲むような内容となっていることが分かります。
多様な働き方が浸透しつつある現代では、会社は、全ての働く人のために、ハラスメントがない職場を作らなければならないということがよく分かります。
※下記の記事でも、フリーランス保護法について解説しています。合わせてご確認ください。
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【5】過労死等防止啓発月間
参考ニュース:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_43985.html
「過労死等防止対策推進法」という法律は皆さんご存じかと思いますが、この法律は2014年11月に施行されたことから、毎年11月は過労死等防止啓発月間とされています。言うまでもなく、過労死の最たる原因は長時間労働です。
お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、本稿では何度も「安全配慮義務」という言葉を使っています。この義務を怠った場合、極めて多額の損害の賠償を求められることがあるため、筆者のセミナーでも良くテーマにしている概念です。
安全配慮義務の射程は年々拡大される傾向にあり、労働者(場合によってはフリーランスの方も含め)の健康を損ねないために講じなければならない措置は多岐に渡ります。本稿でも紹介したハラスメント防止措置やストレスチェックも安全配慮義務の一環です。
特に、長時間労働については、労働基準に関する法令でも様々な制限を課しており、循環器疾患や精神疾患については、長時間労働に起因する業務疾病として挙げられ、労災保険の給付の対象となっています。また、既に紹介済みの狩野ジャパン事件のように、現に体調不良を起こしていなくとも、労働時間管理が不十分であったことについて安全配慮義務違反を認めて慰謝料の支払いを命じたような事案もあります。
「啓発月間」という名称は「労働者のために健康経営に関する意識を高める」という認識を促してしまうかもしれませんが、長時間労働の解消は、使用者にとっても重要なことです。もし労働者が過労死をしてしまうと、会社は多額の賠償金を支払わなければならなくなり、会社の経営状態が大きく傾く可能性もあります。また、仮に財政的に影響がなくとも、そのような事案が生じてしまった場合には会社は甚大なレピュテーションリスクを負うことになってしまいます。過労死等防止啓発月間を機に、会社の利益のためにも長時間労働問題への取り組みを促すのはいかがでしょうか?
キテラボ編集部より
10月を振り返ってみますと、カスハラ防止条例の成立やストレスチェック「50人未満」義務化検討などの大きなニュースがありました。最低賃金についても、国が示した「目安」の50円を27県で上回り注目を集めていました。
人事労務担当者としても、情報のキャッチアップや、現在の制度の見直しなど大変な月だった方も多いのではないでしょうか。11月からは年末調整やマイナ保険証の手続きも忙しくなってくると思います。お体にお気をつけてお過ごしください。