労働基準監督署の臨検とは?定期監督、申告監督、災害時監督を解説
厚生労働省の下部組織である労働基準監督署(以下「監督署」という。)には労働基準監督官(以下「監督官」という。)が配属されています。監督官は、事業場に臨検し、帳簿等の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行う権限を有しています。顧問先の事業場において、監督官が突然調査に訪れることもあり得ます。監督署はどのようにして調査をする事業場を選定し、どのような項目について調査をするのでしょうか。
臨検の種類
監督署が行う臨検の種類は大きく分けて次の4つです。
【1】定期監督
「地方労働行政運営方針」に沿って行われる調査です
【2】申告監督
労基法第104条に基づき労働者より申告がされた場合等に行われる調査。定期監督と違い個人的な権利救済が優先されます
【3】災害時監督
労働者が業務中に負傷等をし、その負傷の原因が労働安全衛生法違反に起因する疑いがある場合に行われる調査です
【4】再監督
是正状況が芳しくない場合等に改めて行われる調査です
【1】定期監督
定期監督とは「地方労働行政運営方針」に沿って行われる調査です。地方労働行政運営方針は社会情勢等を勘案し、労働行政が果たすべき役割とその実行に向けた取組について策定された通達です。この通達により、臨検調査対象となる事業場を年度ごとに計画・策定し、その計画・策定に基づいて臨検調査が行われます。
令和3年度地方労働行政運営方針では、①自動車運送業、建設業、情報サービス業における勤務環境の改善、②長時間労働の抑制に向けた監督指導等、③特定の労働分野における労働条件確保対策の推進等が盛り込まれています。
②については、各種情報から時間外・休日労働時間数が1か月当たり80時間を超えていると疑われる事業場及び長時間にわたる過重な労働による過労死等に係る労災請求が行われた事業場に対する監督指導を引き続き実施することとされています。そのため、80時間を超える延長時間を締結した36協定を届出た場合や、その他各種情報から長時間労働が疑われる事業場に対しては調査が重点的に行われます。
③の特定の労働分野とは、技能実習生を雇用している事業場、介護事業、トラック・バス事業等が該当します。これらに該当する事業場も臨検対象となる可能性が高いです。
定期監督の実施は事前に通告はされるか
臨検を含む定期監督の実施は、原則的に事前の予告なしに行われます。これはILO条約を批准しているためといわれています。ただし、調査の内容や事業場の形態等から、予め日時を指定して監督署に来署(出頭)を求められる場合もあります。
前者の場合、実務的には、監督官が予告なしに臨検に訪れるものの、日程を調整した後に改めて調査を行うことが一般的です。後者の場合、指定された日時に出頭ができない場合は、日時の調整等が可能です。
【2】申告監督
申告監督とは労基法第104条に基づき申告がされた場合等に行われる調査です。定期監督と違い個人的な権利救済が優先されることに特徴があります。
申告監督は定期監督と同様に事前の予告なしに、監督官が事業場に臨検をする場合と、架電や「来署依頼通知書」により日時を指定して来署(出頭)を求められる場合の2通りがあります。どちらの方法で行われるかは、担当する監督官の裁量によって決まることが多いです。
申告監督で争点となる主な法条項として、労基法第24条(最賃法第4条第1項)、労基法第20条が挙げられます。申告監督となる経緯を条文ごとに解説します。
また「定期監督」や「災害時監督」の記事についても、ぜひご覧ください。
事例1 労基法第24条(最賃法第4条第1項)
労働者が連絡をすることなく退職をした、労働者が事業場に何らかの損害を与えたうえで退職をした場合、使用者が労働者に定期賃金を全く支払わないといったケースが挙げられます。
上記のような事情がある場合であっても、賃金は全額を支払わなければならないため、顧問先がこのような措置をとらないよう指導することが必要です。
事例2 労基法第24条
労使協定を締結することなく賃金から「親睦会費」「旅行積立金」等を控除しているケースが挙げられます。中小事業主は労働者の同意があれば賃金からこれらの費用を控除しても労基法上違反とならないと誤認していることが多く注意が必要です。
事例3 労基法第20条
労働者より、「使用者から予告手当の支払いなく、即時解雇をされた等」と申立てがされた場合、労基法第20条違反の疑いがあるとして申告監督の対象となります。
使用者から明確な解雇の意思表示がされた場合はもちろん、「明日から来なくてもいいんじゃないか。」といった発言も、労働者が解雇と認識する場合もあります。
そのため労働者との話し合いの際に、誤解を招くような発言は避けるよう、顧問先に注意を促す必要があります。
以上のとおり、申告監督のきっかけとなる事例をご紹介いたしました。顧問先の労務管理の一助となれば幸いです。
【3】災害時監督
災害時監督は労働者死傷病報告等から、労働者が業務中に負傷等をし、その負傷の原因が労働安全衛生法違反に起因する疑いがあると判断された場合に行われるものです。
災害時監督の起因となる代表的な法令違反として、安衛則第101条、安衛則第107条、安衛則第519条等が挙げられます。
①安衛則第101条
工場等に設置されている機械の回転軸や歯車等に労働者の身体の一部が触れると、巻き込まれによる事故が起きる可能性があるため、これらの箇所には覆いや囲いを設置しなければなりません。
労働者が機械の付近で転倒し、むき出しになった回転軸に巻き込まれたり、挟まれたりする事故が典型的な例です。覆い等を設けなかったことにより、巻き込まれ等の事故が発生した場合は安衛法第20条(安衛則第101条)違反となる可能性があります。
また一般的な機械のうち食品加工工場等において、食品加工用機械による死傷災害が増加していることをきっかけに、平成25年に安衛則に食品加工機械についての規則が追加されています。
参考
第101条 事業者は、機械の原動機、回転軸、歯車、プーリー、ベルト等の労働者に危険を及ぼすおそれのある部分には、覆い、囲い、スリーブ、踏切橋等を設けなければならない。
②安衛則第107条
機械等の掃除・調整作業を行う際には機械の運転を停止してその作業をさせなければなりません。例えば機械の回転軸等にゴミが付着している際に機械を止めずに、ゴミを取り除いた際に回転軸に巻き込まれるといったものが典型的な死傷災害の例です。
事業場で掃除等をする際は機械を止めてから行うように指導をしていたとしても、労働者が反動的に回転軸等に手を触れたり、「これくらいなら大丈夫だろう」と思いそのような行動にでたりする場合もあります。
なお、刃部の掃除等の場合の運転停止等は安衛則第108条に規定がおかれています。
参考
(掃除等の場合の運転停止等)
第107条 事業者は、機械(刃部を除く。)の掃除、給油、検査、修理又は調整の作業を行う場合において、労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、機械の運転を停止しなければならない。ただし、機械の運転中に作業を行わなければならない場合において、危険な箇所に覆いを設ける等の措置を講じたときは、この限りでない。
2 事業者は、前項の規定により機械の運転を停止したときは、当該機械の起動装置に錠を掛け、当該機械の起動装置に表示板を取り付ける等同項の作業に従事する労働者以外の者が当該機械を運転することを防止するための措置を講じなければならない。
(刃部のそうじ等の場合の運転停止等)
第108条 事業者は、機械の刃部のそうじ、検査、修理、取替え又は調整の作業を行なうときは、機械の運転を停止しなければならない。ただし、機械の構造上労働者に危険を及ぼすおそれのないときは、この限りでない。
2 事業者は、前項の規定により機械の運転を停止したときは、当該機械の起動装置に錠をかけ、当該機械の起動装置に表示板を取り付ける等同項の作業に従事する労働者以外の者が当該機械を運転することを防止するための措置を講じなければならない。
3 事業者は、運転中の機械の刃部において切粉払いをし、又は切削剤を使用するときは、労働者にブラシその他の適当な用具を使用させなければならない。
4 労働者は、前項の用具の使用を命じられたときは、これを使用しなければならない。
③安衛則第519条
高さ2メートルを超える箇所には囲いや覆い等の墜落防止措置を設けなければなりません。墜落防止措置を設けず労働者が作業箇所から墜落し負傷等をした場合には安衛法第20条(安衛則第526条)に違反する可能性があります。典型的な事故の経緯としては、倉庫の2階の箇所へ、機械等を用いて荷物の搬入するため手すり等を一時的に取り外し、取り外したままの状態となっていたこと等が挙げられます。
参考
安衛則第519条
事業者は、高さが二メートル以上の作業床の端、開口部等で墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのある箇所には、囲い、手すり、覆おおい等(以下この条において「囲い等」という。)を設けなければならない。
以上のように死傷災害の典型例を解説いたしました。令和2年度における休業4日以上の死傷災害は13万人を超えており、労働災害防止のため引き続き対策が必要です。
また、災害時監督であっても、災害のみの調査にとどまらず、労務管理も併せて調査を行う場合があります。
参考:労働災害発生状況|厚生労働省
キテラボ編集部より
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