パワハラの判断基準とは!?厚労省ガイドラインと裁判例を交えて弁護士が解説

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川畑 大

弁護士の川畑大(のぞみ総合法律事務所)です。

今回のテーマは「パワハラの判断基準」です。
人事労務担当者向けに厚労省ガイドラインと裁判例を基にパワハラの判断基準を解説し、パワハラ防止対策をご紹介します。

そもそもパワハラとは?

パワハラ(正確にはパワーハラスメント)とは、どのような行為を思い浮かべるでしょうか。典型的な場面として、上司が業務でミスをした部下を大声で怒鳴りつけるといった場面を思い浮かべられるかもしれません。しかし、ミスをした部下に対する叱責は全てパワハラに該当するのでしょうか。人事労務の担当者の方々は、同様の疑問を持たれることが多いと思います。そこで、厚生労働省のガイドラインや裁判例を基にパワハラの判断基準について解説していきます。

厚労省ガイドラインによるパワハラの定義

労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下「労働施策総合推進法」といいます。)第30条の2第3項に従い定められた厚生労働省のガイドライン(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2.1.15 年厚生労働省告示第5号。以下、「厚労省ガイドライン」といいます。)において、職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいうとされています。

このような定義を踏まえ、本件指針においては、パワハラを身体的な攻撃、精神的な攻撃などの6つの場合に類型化して具体例を示しています。

※パワハラの類型など基本的な詳しい内容は下記の記事に記載しています。

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パワハラとは?パワハラ対策の基本 | 労務担当者1年目必読

近年社会問題になっているパワハラとは、職場での優越的な関係を背後にした言動により、業務上必要かつ相当な部分を超えて、労働者の就労環境を悪化させることです。人事・労務関連の基礎知識から、社内規程の作成や...

では、厚労省ガイドラインのパワハラの定義は、どのような場面で使われるのでしょうか。その典型的な場面としては、企業がパワハラの加害者に懲戒処分を検討する場面が考えられますが、企業が被害者である従業員から加害者である従業員と共に損害賠償請求を受けた場面についても同様の基準により判断されるのでしょうか。

以下においては、それぞれの場面のパワハラ該当性の判断の方法について、裁判例を基にみていきたいと思います(なお、以下のいずれの事例においても、記載している点以外にも争点がありましたが、便宜上、省きます。)。

パワハラに関する3つの判例

【1】パワハラを理由にした懲戒処分の裁判例(東京地判令和元年11月7日労経速2412号3頁)

<概要>
懲戒処分時のパワハラの判断基準について、まず解説したいと思います。

原告は、人事部の課長として勤務する従業員であり、被害者とされる従業員Aは、原告の部下として人事部に勤務する外国籍のパート従業員でした。人事部には、原告とA以外に人事部長B、顧問であるC、パート従業員であるDが在籍し、Dも原告の部下でした。

被告となる企業は、原告によるパワハラについて匿名の通報を受けるなどしたため、外部の弁護士に対して原告のパワハラの有無について調査を依頼しました。

弁護士は、A、C、D及び原告、人事部と隣接する場所で業務を行っている他部署の従業員を事情聴取するなどし、調査報告書を作成しました。

その後、被告は、原告に対し、Aの国籍に関する差別的言動及び「席の横に立たせて注意をする」「人事部あるいはフロア全体に聞こえるような大声で怒鳴りつける」という注意の態様は、パワハラに該当することなどを理由に訓戒の懲戒処分を行いました。

これに対して、原告は、被告に対し、懲戒事由とされたパワハラがなかった旨等を主張し、当該懲戒処分の無効確認と不法行為に基づく損害賠償請求を行うため訴訟を提起しました。

<判旨>
懲戒事由の有無については、弁護士の調査報告書の信用性が争われましたが、裁判所は、調査方法や事実認定に至る過程に問題はないことなどから、その信用性を肯定しました。

また、懲戒事由であるAの国籍に関する差別的言動について、「原告とAは上司と部下の関係にあり,本件報告書によれば,原告は,Aが原告の指示を受けて業務を行った際,「そんな指示はしていない」と叱責し,「あなた何歳のときに日本に来たんだっけ?日本語分かってる?」と発言したことが認められる。」「その発言内容そのものが相手を著しく侮辱する内容であり,また,Aが日本国籍を有しない者であることからしても,同人に強い精神的な苦痛を与えるものというべきである。」「上記発言は,原告が部下であるCに対し,職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的,身体的苦痛を与えた」ものとして、就業規則の懲戒事由の一つとして定められているパワハラに当たる旨を判示しました。

また、もう一つのAに対する注意態様に関する懲戒事由について、「原告は,Aに対して行った業務上の指示やAの態度等について,Aを自らの席の横に立たせた状態で叱責し,また,人事部全体に聞こえるような大きな声で執拗に叱責したことが認められる。」

そして、本件報告書において認定された行為の態様、原告の行為後にAが泣いていたことなどの事情に照らせば、「原告のCに対する注意については,職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的,身体的苦痛を与え,又は職場環境を悪化させる行為をした」ものとして就業規則の懲戒事由の一つとして定められているパワハラに当たる旨を判示しました。

<ポイント>
本件は、厚労省ガイドラインが定められる以前の事例ですが、ガイドラインと同様の基準に基づきパワハラ該当性を判断しています。厚労省ガイドラインも、事業主に対し、その定義するパワハラを確認できた場合、懲戒処分などの措置を講じることを求めています。そのため、懲戒処分の際には厚労省ガイドラインの定義を参考にパワハラの該当性を判断することが一般的であると思われます。

次に、被害者が、加害者と企業に対し、パワハラを理由に損害賠償請求をした場合の事例について、裁判所がどのような基準に基づき判断をしているかみていきましょう。

【2】業務上の指示が不法行為に当たるかが問題となった事例(甲府地判平成30年11月13日労判1202号95頁)

<概要>
本件は、小学校の教師である原告が、勤務していた学校の校長Eからパワハラを受けてうつ病になり、精神的損害を被ったなどと主張して、国家賠償請求をした事案です。

原告は、自身が担任する学級の女子児童宅に立ち寄った際、その庭で飼育されていた飼い犬に咬まれ、傷害を負いました。そのため、原告は、児童の母に対し、電話で賠償保険に入っていたら使わせて欲しい旨を話しましたが、児童の母は、保険には入っていないと答えました。原告は、保険に入っていないのであれば、今回の事故については仕方ないと思いました。

その後、女子児童の父母が原告を謝罪のために訪問し、治療費の支払いを申し出ましたが、原告は、気持ちだけで十分として、これを辞退しました。

翌日、原告は、父母との間で円満に解決したことをEに報告しましたが、児童の父から求められ、再度、校長を交えた話し合いをすることになりました。Eは、話し合いに先立ち、原告から、上記の電話で児童の母との会話の内容の報告をさせ、その会話の中で原告が「賠償」という言葉を使用したことを非難しました。

その後、原告は、Eと共に児童の父と祖父と話し合いをしたところ、児童の父と祖父は、前日の謝罪をして帰る際に、原告の妻から「そうは言っても補償はありますよね」などと言われ、その口調や態度等から脅迫されていると感じたなどと非難しました。

Eも、「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」などと言って、原告を非難し、原告に対し、児童の父と祖父への謝罪を求めたため、原告は、ソファから腰を降ろし、床に膝を着き、頭を下げ、謝罪しました。

<判旨>
(1)パワハラと不法行為について

「厚生労働省の職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループは,「職場のパワー・ハラスメントとは,同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・肉体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」としている。」

 「こうしたパワハラの定義に該当する行為があっても,それが直ちに不法行為に該当 するものではないと解され,それがいかなる場合に不法行為としての違法性を帯びるかについては,当該行為が業務上の指導等として社会通念上許容される範囲を超えていたか,相手方の人格の尊厳を否定するようなものであった等を考慮して判断するのが相当である。」

(2)本件への当てはめ

「原告は犬咬み事故の被害者であるにもかかわらず,加害者側である本件児童の父と祖父が原告に怒りを向けて謝罪を求めているのであり,原告には謝罪すべき理由がないのであるから,原告が謝罪することに納得できないことは当然であり,E校長は,本件児童の父と祖父の理不尽な要求に対し,事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく,その勢いに押され,専らその場を穏便に収めるために安易に行動したというほかない。」

 「この行為は,原告に対し,職務上の優越性を背景とし,職務上の指導等として社会 通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものであり,原告の自尊心を傷つけ,多大な精神的苦痛を与えたものといわざるを得ない。」

<コメント>
本件は、厚労省ガイドラインのパワハラの定義が、不法行為上の違法性の判断基準に直結しないという考えのもと後者の判断基準を示しています。

その上で、Eの指示が、不法行為上の違法性を有するかについて、その指示に合理性があったかという観点から検討して判断しています。

もっとも、社会通念上許容される範囲を超えていたかといった判断基準は、抽象的で分かりづらい面もあり、その判断基準に該当する場合を理解するためには、実際のパワハラの有無が争われた事例をみる必要があります。もう一つパワハラの有無が問題となった裁判例をみてみましょう。

【3】飲酒の強要や上司の叱責が不法行為上の違法性を有するかが問題となった事例(東京高判平成25年2月27日労判1072号5頁)

<概要>
本件は、原告が、上司から飲酒を強要される等のパワハラを受けたことにより精神疾患等を発症し、多大な精神的苦痛を受けたこと等を理由に損害賠償請求をした事案です。

原告は、業務上のミスをした後に行われた飲み会で上司Fから飲酒するよう求められましたが、アルコールに弱い体質であることを理由にFの要望を断りました。しかし、Fは、「俺の酒は飲めないのか。」などと語気を荒げ、執拗にビールを飲むことを要求したため、原告は、飲酒しましたが、嘔吐したため、再度、飲酒できない旨をFに伝えました。しかし、Fは、「酒は吐けば飲めるんだ。」などと言い放ち、更に飲酒を継続させました。また、翌日、Fは、飲酒で体調を崩している原告に車の運転を強要しました。

その後も、Fは、原告の業務上の対応に怒りを抑えきれなくなり、夏季休暇中に携帯電話をかけ留守電に「お前何やってるんだ。お前。辞めていいよ。辞めろ。辞表を出せ。」「ぶっ殺すぞ,お前。」などと語気荒く話しました。

原告は、上記の行為などをパワハラとして、Fに対し、不法行為に基づく損害賠償請求を行いました。

<判旨>
(1)飲酒の強要について

裁判所は、上記の経過で行われた飲酒の強要は、「単なる迷惑行為にとどまらず,不法行為法上も違法というべきである」旨、また、その後も,Fの部屋等で原告に飲酒を勧めている点も、「引き続いて不法行為が成立するというべきである」と判示しました。

(2)車の運転の強要について

裁判所は、車の運転の強要についても、「たとえ,僅かな時間であっても体調の悪い者に自動車を運転させる行為は極めて危険であり,体調が悪いと断っている一審原告に対し,上司の立場で運転を強要した」として違法であると判示しました。

(3)夏季休暇中の労働者に対する電話の内容について

裁判所は、「深夜,夏季休暇中の一審原告に対し,「ぶっ殺すぞ」などという言葉を用いて口汚くののしり,辞職を強いるかのような発言をしたのであって,」「留守電に及んだ経緯を考慮しても,不法行為法上違法であることは明らかであるし,その態様も極めて悪質である。」と判示しました。

<ポイント>
裁判所は、各行為が行われる経緯や態様などの具体的な事実関係を踏まえて、不法行為上の損害賠償請求となるかを判断しています。

例えば、裁判所は、飲酒の強要について、単に嫌がる飲酒をさせたことのみをもって不法行為上の違法性があると判断したものではなく、飲酒により嘔吐し、飲酒を再度、拒否していたにもかかわらず、飲酒を強要したという強要の状況や程度をもって不法行為上の違法性を認めています。

また、車の運転についても、単に強要したという点のみをもって不法行為上の違法性を認めておらず、前日の飲酒後の嘔吐を知り、原告が体調が悪いと言って拒否しているにもかかわらず運転を強要した点をもって不法行為上の違法を認定しています。

言葉のパワハラについては、原告の業務上の対応に関するものであるとしても、「ぶっ殺すぞ」という脅迫的な表現は勿論のこと、言った時間も踏まえて違法であると判断しています。

このように裁判所は、賠償請求の対象となるか否かについては、厚労省ガイドラインとはやや異なった視点で検討をしていることが多いものと考えられます。

なお、この事例や上記②の事例において、パワハラは加害者と被害者の従業員間の問題ではないかと感じられる方もいるかもしれませんが、パワハラは業務上の指導の一環として行われることも多いため、企業も使用者責任(民法7151項)などを根拠に損害賠償請求を受けることが多くあります。

上記のほかにも、上司が部下を叱咤する目的で他の同僚をCCに入れ侮辱的な表現のメールを送信した行為について、目的が正当であっても、表現が許容限度を超え、著しく相当性を欠き、違法であると判断された事例(東京高判平成17年4月20日労判914号82頁)などもあります。メールによる業務上の指導であっても、その手段や指導の際の言葉の表現や内容によっては賠償請求の対象となる場合があることに留意するべきです。

企業側のパワハラ防止対策 

(1)パワハラに関する就業規則や社内規定の整備

厚労省ガイドラインにおいては、事業主が職場におけるパワハラを防止するため、雇用管理上の措置を講じなければならないものとし、その具体的な内容として、就業規則等にパワハラを行った者に対する懲戒規定を定め、労働者に周知・啓発すること等を挙げています。そのため、就業規則にパワハラを懲戒事由として定めておくべきです。

また、就業規則とは別個にパワハラの防止規定を定め、各従業員がパワハラを行ってはならない旨、禁止されるパワハラの具体例、パワハラの相談を受けた従業員が行うべき行動等を規定に定め、その内容を周知し、パワハラを禁止する方針を明確化して、労働者の啓発につなげることも考えられます。

キテラボ編集部より
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(2)相談窓口などのパワハラの防止体制の整備

さらに、厚労省ガイドラインは、事業主に対し、相談窓口を設置し労働者に周知することや、相談を受けた担当者が対応する際のマニュアルを予め作成しておくなどの体制整備も求めています。

企業が何ら相談窓口を設けないなど防止体制を構築せず、従業員からのパワハラの相談を放置するなどして被害を拡大させた場合、その体制不備や放置をしたこと自体が、企業や役員に対する損害賠償請求の理由となることもあり得ます。

このような事態を回避するためにも、普段からパワハラ防止のための規定を作成し、その規定の中で相談窓口設置とその運用方針などを規定するなどして、パワハラ防止体制を構築しておくことが重要です。

まとめ

パワハラの問題が発生した場合には、上記の判断基準を踏まえて対応を検討してください。また、パワハラが懲戒事由(※)となっているかなど就業規則を見直すほか、パワハラ防止の体制も構築することも検討し、大切な従業員と企業自身を守ることを検討してください。

※懲戒事由を就業規則に定める際のポイントについては、下記の記事で解説しています。

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川畑 大
のぞみ総合法律事務所 弁護士
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