過半数代表者とは?厚生労働省が見直しを検討中の内容も紹介
社会保険労務士の松本 幸一です。
今回のテーマは「過半数代表者」です。
過半数代表者といえば36協定に名前を書く人のことでは?とピンときた方も多いのではないでしょうか。過半数代表者は36協定だけでなく、50以上の制度に関与してきます。非常に重要な役割をになっています。
そのような過半数代表者のあり方について、2024年12月時点で、厚生労働省は見直しを検討しているようです。本記事では「過半数代表者」の基本的な概要と、今後の方向性についても解説していきます。
過半数代表者とは
労使協定を締結する場合などの労働者側の代表になります。
36協定などを締結する際に、労働組合がない場合に、労働者の中から選ばれることになります。
<参考・労働基準法36条>使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。 |
過半数代表者の役割とは
過半数代表者は、中小企業を中心に労働組合が組織されていない企業、事業場において労働者の過半数で組織する労働組合(以下、過半数労働組合と言います)の代表者に近い役割を果たす重要な存在です。そんな過半数代表者の役割は、労使の団体コミュニケーション係であると言えます。
労使の団体コミュニケーション係の2つの役割
①労使が団体交渉してより良い労働条件を設定すること
イメージしやすいのが過半数労働組合のある企業で行われる春闘と呼ばれる団体交渉です。
春闘は労働条件の改善に向けた団体交渉の代表例で、日本では4月を年度始めに設定している企業が多く、新年度に向けて春先に実施されるため、報道等で春闘(春季闘争)という言葉を見聞きすることが多いかと思います。
過半数労働組合のない事業場において春闘のように過半数代表者が先頭に立って大々的に団体交渉を行うことは原則としてありませんが、労使コミュニケーションの一例として知っておきましょう。
②労働基準法制による最低基準について、労使の合意を認めること
過半数代表者との労使協定の締結により、例えば労働基準法第36条で禁止されている時間外労働を命じることが可能になります。
例えば、通称36協定には労働基準法で禁止されている時間外労働を労使の合意によって違法性を阻却する(違法なものを合法なものにする)効果があります。
このように、過半数労働組合のない事業場において、過半数代表者は労働条件の整備に欠かすことのできない存在となっています。
過半数代表者が関わる制度
制度の概要 | 根拠条文 | 関与方法 | |
---|---|---|---|
就業規則関係 | 就業規則の作成・変更 | 労働基準法90① | 意見聴取・意見書 |
労働時間関係 | 1か月単位の変形労働時間制の導入 | 労働基準法32の2① | 意見聴取 |
フレックスタイム制の導入および労働時間の限度 | 労働基準法32の3.3① | 労使協定 | |
時間外及び休日の労働 | 労働基準法36条①〜⑥ | 労使協定 | |
休暇・休業関係 | 年次有給休暇の時間単位付与 | 労働基準法39④ | 労使協定 |
年次有給休暇の計画的付与 | 労働基準法39⑥ | 労使協定 | |
育児・介護休業をすることができない労働者に関する定め | 育児介護休業法6①ただし書ほか | 労使協定 | |
子の看護休暇、介護休暇を取得することができない労働者に関する定め | 育児介護休業法6の3②ほか | 労使協定 | |
その他 | 賃金の一部控除(24協定) | 労働基準法24①ただし書 | 労使協定 |
年次有給休暇中の賃金の定め | 労働基準法39の7①ただし書 | 労使協定 | |
キャリアアップ計画書 | キャリアアップ助成金支給要領0302 ト | キャリアアップ計画書 |
代表的なものから抜粋するだけでもこれだけの数があることから分かるように、過半数代表者が関わる制度は非常に多く、全て挙げると50をゆうに超えます。
過半数代表者は「36協定」だけでなく、「1ヶ月単位の変形労働時間制の導入」「年次有給休暇の時間単位付与」「育児・介護休業をすることができない労働者に関する定め」などにも関与してきます。また、就業規則を作成した際に意見を求められ、意見書への意見の記入、署名を求められます。
過半数労働組合との違い
労働組合がある事業場では、過半数労働組合からの団体交渉の申し入れを、使用者が正当な理由なく拒んだ場合は不当労働行為となり、労働組合は労働委員会に救済申立てを行うことができます。また、労働組合には救済申立てのほか、正当な範囲のサボタージュ(業務の進捗をわざと遅らせるなど)やストライキ(集団での就業拒否)が認められています。
労働組合がない事業場では、過半数代表者からの交渉申し入れについても、事業主は極端に不誠実な対応をとることは難しいと言えます。なぜなら、過半数代表者の申し入れを拒否すると交渉意思の強い労働者によっては個人的なサボタージュや退職を選択することも想定されます。事業場にとって欠かせない人材であればあるほど、事業の継続に支障をきたすリスクも大きくなります。
労働者代表(従業員代表)との違い
ここで気になる労働者代表(従業員代表)との違いです。
労働者代表(従業員代表)について法的な定義があるものではなく、過半数代表者の通称的な位置付けと認識いただいて問題ありません。
過半数代表者の選出における3つの注意点
【1】過半数代表者がパート・アルバイトを含めた労働者の過半数を代表していること
例えば正社員よりパート、アルバイトが多い事業場においてたとえ正社員の過半数代表者として選出されたとしても、その選出の場にパート等がいなかったのであれば過半数を代表しているとは言えません。
またパート等だけで運営している事業場においては当然にパート等が過半数代表者となり、正社員がいる事業場においてパート等が過半数代表者になることもなんら問題ありません。
なお、事業場で受け入れている派遣労働者はここでいう労働者に含まれませんが、同じ事業場で働く労働者であることには違いありませんので、派遣労働者の意見も取り入れることが望ましいとされています。
【2】事業主が過半数代表者を指名してはいけない
過半数労働者は適切に選出される必要があり、選出方法の代表例は次の通りです。
・挙手
・相互指名
・労働者の協議 など
労働者を代表して事業主と交渉する役割を担うため、事業主による指名は適切な選出と認められません。事業主としては自分の指示に反発しない従業員を過半数代表にしたいという気持ちもあるとは思いますが、事業主による指名は絶対に避けましょう。
【3】管理監督者は過半数代表者になれない
事業主による過半数代表者の指名が認められていないことに似たものとして、管理監督者は過半数労働者になることができません。
管理監督者とは次のいずれにも該当する労働者を指します。
①働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあること
②労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けないこと
つまり、経営サイド、事業主側の従業員ということです。繰り返しになりますが過半数代表者は労働者の代表として事業主と労働条件の交渉等の場に立つため、事業主側の人間が過半数代表者ではそもそも機能しません。
そのため、誤って管理監督者が過半数代表に選出されないため事前の説明が不可欠です。
【補足】過半数代表者を選出した記録を残しておく
法定の様式はなく、保存についての法令上の規定もありませんが、過半数代表者がいつ、どのように選出されたのかについての記録を残しておきましょう。
従業員から開示を求められた際に開示できるものがないと従業員が不信感を増すおそれがありますので、無用なトラブルを避けるためにも記録を残すことが大切です。
従業員の過半数が出席する会議などで決定した場合、会議の議事録でも問題ありません。電子メール等で回答を集めた場合はまとめてデータで保存しておくなど、選出方法にあった方法で保存しておくと良いでしょう。
参考に、厚生労働省が提供している選任書がありますので、必要に応じて活用して下さい。
(参照)労働者代表選任書|厚生労働省
厚生労働省が過半数代表者制度について議論
過半数代表者について一通りお伝えしたところで、ここから厚生労働省の労働基準関係法制研究会の資料(2024年9月)をもとに過半数代表者制度についての意見交換から見えてきた課題と対策の方向性をご紹介します。
過半数代表者制度の問題点
研究会では、過半数代表者制度について以下の点が指摘されています。
・積極的に過半数労働者に立候補する例は少なく、自主性に欠ける ・過半数代表者制度に期待される民主的機能がはたらいていない ・過半数代表者の役割についての理解、意見集約についての情報、知識が不足している ・過半数代表を適切に選出することは事業主側のメリットが大きく、労働者側にはそのメリットを見いだしにくい ・どんな意見をどう集約するかについてのルールが曖昧である |
過半数代表者制度の問題点についての見直し
過半数代表者の選出手続
まず、任期を設けることで過半数労働者の役割の理解や育成がより容易になると期待されています。また、複数名の過半数代表者を母体の少ないグループからも選出することで少数意見の反映も期待されています。
一方でグループ間の利害が一致しないこと、職種ごと、雇用形態ごとに手続き自体を分けてしまうのは、労働者の分断を生むのではないかという懸念点も示されています。
過半数代表者による意見集約の仕組み
事業主に対してのみならず労働者に対しても過半数代表者としてリスクと負担を負うため、法令面での支援、労働委員会による支援を提案する意見が出ています。
労働者への支援の仕組み
労働者に対して過半数代表者の役割について教育、研修の必要があることや、弁護士・社労士等の外部専門家を活用しての支援が提案される一方、これらの支援に要する費用を企業負担とした場合の利益相反が懸念されています。
過半数代表者以外の仕組み
過半数代表者とは異なる形の位置づけで使用者からの経費援助を認めているドイツや、労使の協議がない場合に適用される労働条件に関するルールを使用者・労働者双方にとって厳しいものとすることで労使の参加を促すフランスなど、諸外国で取り入れられている制度を参考に過半数代表制度のアレンジや過半数代表者とは別の形の労使コミュニケーションについても議論されています。
個別の労使コミュニケーション
個人がどう働きたいかサポートしていく観点から、個別の労使コミュニケーションも重要であるという意見も出ています。
新たな労使コミュニケーションのあり方に期待
過半数代表者制度は、現実的に労使が対等の立場にないことを前提としている点で労働基準法と共通する部分があります。確かに、雇う側・雇われる側という関係にある以上、使用者が有利な立場にあることは否めません。しかしながら、労働基準法や過半数代表者制度が整備された頃とは労使を取り巻く環境は大きく様変わりしています。
過半数代表者制度の在り方を含めた「労使コミュニケーション」が、どのような形に集約されるのか、今後も研究会の動向に注目する必要がありそうです。
<追記>2024年12月10日に開催された研究会の資料はこちらから確認できます。