労災が発生したときどうする?会社側の手続き、労災保険の給付内容を解説
社会保険労務士の玉上信明(たまがみのぶあき)です。
今回のテーマは「労災」です。
労災が発生した場合、当該事業主は、労働基準法による補償責任を負いますが、労災保険による給付が行われた場合は、その限りで事業主は労働基準法上の補償責任を免れます。実務のポイントをしっかり押さえて、適切に活用すべきものです。
労災発生時の事業主の責任・義務
労災事故が発生した場合、当該事業主は、労働基準法による補償責任を負います。
労災保険に加入していれば労災保険の給付が行われ、事業主はその限りで労働基準法上の補償責任を免れます(ただし、労災による休業1~3日目の休業補償は、事業主が平均賃金の60%を直接労働者に支払う)。
【1】労働者の労災給付請求手続きを支援
労働災害が発生すれば、労働者が労働基準監督署(労基署)に労災の給付の請求を行います。会社は請求書に「事実と相違ありません」といった証明(事業主証明)を行います。
請求手続きは煩雑です。実際には会社が労働者に代わって請求手続きを行うことが通例です。(事業主から労働者への助力義務 労災保険法施行規則23条1項)
【2】死傷病報告を提出
事業者は、労働災害等により労働者が死亡又は休業した場合には、労働者死傷病報告等を労働基準監督署長に提出します。4日以上の休業の場合は速やかに、4日未満は四半期ごとに提出します。
死傷病報告を提出しなかったり、虚偽報告を行ったりすると刑事責任が問われます。刑法上の業務上過失致死傷罪等に問われることすらあります。
労災請求手続き
指定の請求書等を労働基準監督署に提出します。
書式は非常に多数あります。労働基準監督署に予め確認し、正しい書式で提出してください。
療養の給付
(出典) 厚生労働省 「療養(補償)等の給付請求手続き」
労災指定医療機関で診察を受ける場合は費用負担なし、労働基準監督署への申請手続きも医療機関で対応されます。(書式:療養の給付請求書など)
それ以外の医療機関で診察を受ける場合、治療費はいったん全額自己負担が必要です。
そのうえ、後日労災保険から支給されることになります。(書式:療養の費用請求書など)
事業主としては、事故の状況など必要項目を記載し、「記載のとおりです」という証明欄に社名・所在地・代表者名を記入します。
休業給付
(出典) 厚生労働省 「休業(補償)等給付 傷病(補償)等年金の請求手続」
休業給付は以下の3つの要件を満たす場合に、第4日目から、休業(補償)等給付と休業特別支給金が支給されます。
<受給要件> ①業務上の事由または通勤による負傷や疾病による療養のため、 ②労働することができない ③賃金を受けていない |
支給額は、休業日数に応じて、給付基礎日額(給付基礎日額は、労働基準法の平均賃金に相当する額)の80%です。
すなわち、休業(補償)等給付60% 休業特別支給金20%の合計です(休業3日目までは事業主が給付基礎日額の60%を支給します)。概ね事故発生前3か月間のボーナスなど臨時の賃金を除いた額を歴日数で割った金額です。事業主としては、請求書に上記要件に該当する旨の証明を行い、また平均賃金の算定内訳も作成するなどで労働者の請求を支援します。
その他の給付等
その他の給付等についても詳細なパンフレットが用意されています。労働基準監督署と相談して手続きを勧めてください。
(参考)労働基準情報:労災補償
労働災害再発防止対策の策定・実施
労働災害が発生した場合、災害の原因を分析し、再発防止対策を策定して実施することが重要です。場合によっては、労働基準監督署から労働災害再発防止書等の作成・提出を指示されることがあります。
労働基準監督署からの求めの有無にかかわらず、災害原因の分析、対策の策定などを実施することが求められます。参考様式を示します。
転倒災害が多発していることから、この対策書も「(転倒災害以外の)労働災害再発防止対策書」「転倒災害の再発防止のための自主点検等報告書」の二通りが用意されています。
(参考)「労働災害再発防止対策書」・「転倒災害の再発防止のための自主点検等報告書」について
労災保険での対応後も会社の責任はなお残る
労災の給付は、迅速公正な給付を行うために定率定額の給付が定められています。
それだけで会社のすべての責任が免れるわけではありません。精神的損害への慰謝料などはその代表的なものです。労災認定有無にかかわらず、会社は労働者から訴訟などで「慰謝料」や「逸失利益」などの請求を受けるリスクは残ります。
会社担当者は被災労働者等との信頼関係に万全の配慮をすべきです。被災労働者やご遺族等との紛争は、会社の不誠実な対応から生じることが多いのです。
事業者としては、労災発生は、労災防止対策等の問題が顕在化した、と考えて、対応に全力を尽くすべきです。労災防止対策、労働安全衛生対策、過重労働、ハラスメント防止対策などを改めて考え直していただくことが望まれます。
労災は身近な問題
労働災害は、特定の業種、特定の業務の問題ではなく、日常どこでも起こりえます。小売業や社会福祉士施設など第三次産業の事故も増えています。高齢労働者の被災も増えています。
事故の型別では、1位が「転倒」2位が腰痛等の「動作の反動・無理な動作」など、どのような職場でも起こりうる事故です。小売業のバックヤードでの転倒、介護施設で被介護者を抱き起すときに腰痛を起こす、といったことがその一例です。
(出典) 厚生労働省「令和5年 労働災害発生状況」
事業主が日頃から注意すべき4つのポイント
【1】労災の範囲は「広い」こと
労働災害として認められる範囲は案外広い、と考えておくべきです。
労働者の過失の有無も問いません。事業主や現場管理者が安易に判断するのは禁物です。
実際の発生時には労働基準監督署に相談することを普段から徹底すべきです。
(例1)業務災害の例 業務中に、トイレに行こうとした際、階段の途中でつまずき、転倒してケガをしました。 トイレに行くこと自体は業務ではありませんが、飲水等とともに生理的な行為で、業務に付随する行為で、業務遂行性が認められます。階段という会社の施設が関係したケガでもあり、業務上災害となるでしょう。 |
(例2)通勤災害の例 勤務中に気分が悪くなり、早退して病院へ行き、診療を終えた帰路駅構内で他の客と接触し、転倒して負傷してしまいました。 診療機関の受診は「日常生活上必要な行為」になり、受診後合理的な通勤経路に戻ったところからまた通勤が始まると考えられ、通勤災害となる可能性はあるでしょう。 |
(参考)公益財団法人労災保険情報センター「労災になりますか」、厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」
【2】労災指定医療機関の所在を確認すること
最寄りの「労災保険指定医療機関」を把握しておきましょう。労災発生時に当該機関を受診するようにすれば、治療費負担もなく、労災申請も円滑にできます。
(参考)労災保険指定医療機関検索
【3】「たいしたケガでない」と安易に考えないこと
例えば職場での転倒など、たいしたケガではないなどと考えて、労災申請していなかったが、後日になって症状が悪化する、といったことがあります。そのときになって労災申請しようとしても、本当にその時の転倒が原因なのか立証も困難になりかねません。ともかく労災保険指定医療機関で診察を受けておくべきです。
【4】「健保で対応しておけ」はNGであること
「労災保険は手続きが面倒なので、健保で治療を受けておけばよい。休業するのも有給休暇を使えばよい。」本人や現場管理者はとかくそのように考えがちです。
しかし、健康保険は労災以外の私傷病についての保険です。
健康保険で給付を受けるのは、「労災隠し」になりかねません。さらに「健康保険の不正受給」として、健康保険の保険者(健康保険組合、協会けんぽ等)から給付の返還を求められることになりかねません。
労災ならば必ず労災保険を利用することを周知徹底しておくべきです。
労災保険の給付は充実している(健康保険との比較)
労災保険の給付は、例えばケガや病気の治療費などが全額補償対象となるほか、休業したときには無期限での手厚い補償(健保は最大1年6か月の期間制限)など、健康保険とくらべて大変充実しています。この点からも、「労災は面倒だから健康保険で対応しておけ」というのが大きな間違いだ、とおわかりいただけるでしょう。
・保険料など
労災保険 | 健康保険 | |
---|---|---|
加入方法 | 会社が手続き | 会社が手続き |
給付の理由 | ①業務災害 ②通勤災害 | 左記以外 |
保険料 | 事業主(会社)負担 | 事業主(会社)と労働者で折半し負担 |
・給付内容など
労災保険 | 健康保険 | |
---|---|---|
療養の給付 | 本人負担ゼロ (労災保険から全額給付) | 本人負担3割 (健康保険から7割給付) |
休業給付 | 給付基礎日額の80% 期限制限なし | 傷病手当金 最長1年6ヶ月まで |
傷病年金 | 年金+特別の一時金 | なし |
障害給付 | 状況により年金または一時金 | なし |
遺族給付 | 遺族に年金または一時金 | なし |
葬祭料等 | 30万円以上の給付 | 埋葬料5万円 |
(注1)業務災害は「療養(補償)等給付」、通勤災害は「療養等給付」というように(補償)の文字の有無の違いがあります。本表では簡略化して記載しています。
(注2)業務災害時には解雇制限がある。労災は退職後も給付が続く。
業務災害でケガや病気になり、療養のため休業する期間とその後30日は解雇が禁止されています。また、療養開始後3年を経過しケガや病気が治らない場合は、平均賃金の1,200日分を支給し解雇可能とされています。(労働基準法19条、81条(打切補償))(この解雇制限は業務災害のみであり、通勤災害には適用はありません)。
但し、これは労働契約の終了の定めであり、労災保険の給付は労働者の退職では打ち切られません。労災に遭わなければ、労働者は働き続けることができたはずです。会社を退職したり、解雇になったら労災の給付を打ち切るのでは労働者の保護ができません。
このような労災の手厚い給付や解雇制限を考えれば、労働災害について「健康保険で対応しておけ」というのは大きな間違いとお分かりいただけるでしょう。
Q &A よくある質問に社労士・玉上信明が回答します。
Q1「仕事帰りにスーパーで買い物をして、その後に怪我をした。労災申請をしたい」と従業員から言われました。労災として認められるのでしょうか? |
A 労災として認められる可能性はあります。
通勤災害の「通勤」は、労働者が「就業に関し、住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により往復すること」です。往復の経路を逸脱し、又は往復を中断した場合でも、日常生活上必要な行為で厚生労働省令で定められる行為の場合、逸脱又は中断の間を除き通勤と扱われます。スーパーで日用品を購入し、その後合理的な経路に戻って帰宅する途中で怪我をしたなら、通勤災害と認められる可能性はあります。ただし、スーパーの店内での事故なら経路逸脱時の事故なので通勤災害にはなりません。労働基準監督署と相談してください。
Q2 従業員が過重労働・パワハラで鬱病になったとして、労災申請してきました。会社としてそのような事実はなく、労災に該当しないと思いますが、どうすればよいでしょうか。 |
A 事業主が労災ではないと考える場合、申請書の事業主証明欄への署名、押印を躊躇することがあるかもしれません。その場合は署名、押印をせず、代わりに「証明拒否理由書」あるいは「意見申出書」という文書を提出することができます。
認定するのは労働基準監督署ですから、従業員の労災申請そのものを妨げないよう配慮しましょう。
Q3 従業員が職場のけがで休業し、労災申請していますが、認定までに時間がかかるので、ひとまず健康保険で治療を受け、労災認定がおりたときに労災に切り替えようと考えています。 |
A 労働災害であるにもかかわらず、健康保険で治療を受けてしまった場合は、受診した病院と相談して、労災に切り替えてもらいましょう。それができない場合は、いったん治療費を全額自己負担したうえで、労災保険の給付を申請してください。休業の場合の健保の傷病手当金も同様です。健康保険組合に返還し、労災の休業給付を受けてください。
(参考)業務中や通勤途中のケガに、健康保険は使えません!!
(参考)お仕事でのケガ等には、労災保険!
Q4 労災事故が起こったら、労災保険料がアップすると聞きました。保険料のアップは、できるだけ避けたいので、労災事故の報告を避けたいのですが・・。 |
A 労災保険料率をあげたくないために労災の報告をためらうのは「労災隠し」であり、犯罪行為です。
労災保険のメリット制は自動車保険のメリット制と同じようなものとお考え下さい。作業環境を整えるなど労災防止対策を尽くして事故が少なければ保険料率は下がり、事故が多ければ、保険料率が上がるというものです。
実際の保険料の計算の資料等も厚生労働省で公開されています。一読ください。
(参考)労災保険のメリット制について メリット制による保険料の試算
Q5 労働者の不注意で労災が起こっても労災の給付は行われるのですか。また、会社側が労災事故防止に最善を尽くしていても、労災が起これば給付が行われるのですか。 |
A 労働者の不注意で事故が起こった場合も労災給付は全額行われるのが原則です。
被災労働者やご家族を速やかに救済する必要があるからです。
例外は、次の場合だけです。
・労働者が故意に事故を起こした場合には、保険給付を行わない(労災保険法第12条の2の2第1項)
・正当な理由なく療養の指示に従わず症状が悪化した場合には、保険給付の全部または一部を行わないことがある(同第2項)。
使用者に過失がなくても労災の補償は行われます(使用者の無過失責任)。労災とは業務の遂行に内在する危険性が現実化して事故が発生したものです。使用者の過失有無にかかわらず、労働者の治療と生活補償を目的とする補償を使用者に義務づけているからです。