残業時間や賃金の端数処理はどこまで許されるか
残業時間の切り捨ては一見すると小さな問題のように思えますが、法的には重大な違反行為となり得るため、企業は従業員の勤務時間を正確に計算することが求められています。
もし誤った端数処理をしている場合は、多額の未払い賃金の支払いが必要となりかねません。
今回は、
- 残業時間の計算と賃金支払いの原則
- 法律で許されている端数処理の例外
を詳しく解説します。
この記事で法律に基づいた正しい知識を深め、適切な労務管理を実施しましょう。
給与計算の基本について確認したい場合は、「給与計算の基本的な流れと重要なポイントを解説」をご覧ください。
残業時間の計算と賃金支払いの端数処理の原則
残業時間の計算や賃金の支払いは、労働基準法に基づいて行われます。まずは残業時間の計算と賃金支払いの原則をそれぞれ詳しく解説します。
残業時間の原則
労働基準法では、残業時間を切り捨てることは認められていないため、1日の残業時間は1分単位で計算するのが原則です。 そのため、19時5分と記録された終業時刻を19時としたり、20時40分を20時30分としたりなど、切り捨てて管理している行為は、違法となります。
ただし、従業員が有利となる「切り上げ」については認められているため、端数処理自体が違法になるというわけではありません。また、月単位の切り捨て処理は例外として一部認められているため、後ほど詳しく解説します。
参考:大阪労働局「よくあるご質問(時間外労働・休日労働・深夜労働)Q11」
賃金支払いの原則
労働基準法第24条では、賃金支払いの5原則として、以下のように定めています。
- 通貨で
- 直接
- 全額を
- 毎月1回以上
- 一定の期日を定めて支払わなければならない
つまり、法律で「全額払いの原則」が定められているため、1分の労働であっても、その分の給与を支払わなければいけません。
ただし、賃金の端数処理についても一部例外が認められているため、後ほど詳しく解説します。
参考:e-Gov「労働基準法第24条」
残業時間と賃金の端数処理の例外
残業時間と賃金の端数処理は例外として認められている範囲があります。ここからは、残業時間と賃金の端数処理の例外をご紹介します。
残業時間の端数処理の例外
厚生労働省の通達では、残業時間の端数処理の例外として次の方法が認められています。
“1か月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること”
※引用:山口労働局 労働基準監督署「適切な端数処理をしましょう」
まず、留意しなければならないのは、あくまで1ヶ月単位のみ端数処理が認められているという点です。そのため、日・週単位での端数処理は認められておらず、日々の労働時間については1分単位で記録する必要があります。
また、切り捨てが認められているのは30分未満の時間に限られ、30分以上の端数については1時間に切り上げないといけません。もし、30分未満の端数のみを切り捨て、30分以上の端数はそのまま計算している場合は違法となります。
例えば、残業時間が月10時間26分だった場合、10時間とするのは可能ですが、月10時間37分だった場合は、11時間としなければならないということです。
つまり、月単位の端数切り捨てを行う場合は、切り上げ処理も行う必要があります。
参考:大阪労働局「よくあるご質問(時間外労働・休日労働・深夜労働)Q11」
賃金の端数処理の例外
賃金の端数処理については、次のように例外が認められています。
- 1時間当たりの賃金額及び割増賃金額に円未満の端数が生じた場合、50 銭未満の端数を切り捨て、50 銭以上を1円に切り上げること
- 1ヶ月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の割増賃金の総額に1円未満の端数が生じた場合、①と同様に処理すること
賃金の端数については1円未満を四捨五入することが原則となります。1円未満の端数を切り捨てている場合は、違法になりますので注意しましょう。
なお、以下の端数処理については就業規則で定めることで認められます。
- 1ヶ月の賃金額(賃金の一部を控除して支払う場合には控除した残額)に100円未満の端数が生じた場合は50円未満の端数を切り捨て、50円以上の端数を100円に切り上げて支払う
- 1ヶ月の賃金額に1,000円未満の端数がある場合は、その端数を翌月の賃金支払日に繰り越して支払う
参考:東京労働局「残業手当等の端数処理はどうしたらよいか」
誤った端数処理を行った場合のリスク
残業時間や賃金の端数処理が誤っていた場合は、労働基準法第24条・第37条違反となります。
第24条違反は「30万円以下の罰金(※1)」、第37条違反は「6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金(※2)」が科される可能性があります。
また、端数処理の誤りにより未払い賃金が発生するため、時効まで遡って支払わなければいけません。
時効は、2020年4月以降に支払期日が到来した賃金は2年から3年に延長されており、今後は5年に延長される可能性もあります。そのため、端数処理方法を正しく理解し、適切に運用することが大切です。
(※1):e-Gov「労働基準法第120条」
(※2):e-Gov「労働基準法第119条」
残業時間の切り捨てで未払い賃金を支払った事例
企業によっては、残業時間の切り捨てにより、多額の未払い賃金が発生した事例があります。
ここからは、残業時間の切り捨てで未払い賃金を支払った事例を2つご紹介します。
1日15分の切り捨てで行政指導を受けた事例
国会議員の告発により、ある大手コンビニチェーンで労働時間が15分単位で切り捨てて管理されていたことが発覚した事例です。
この告発を受けて、厚労相は「指揮命令下におかれた時間の切り捨てや、賃金や割増賃金の不払いが生じている場合は労働基準法違反になる。こういう事例であれば指導しなければならない。」として行政指導を行いました。
この行政指導をきっかけに、過去2年分の未払い賃金の支払いとともに、コンビニチェーン全店で1日の労働時間を1分単位で管理する体制に変更されました。
1日5分未満切り捨てで約16億円の未払い賃金を支払った事例
ある飲食店チェーンでは、1日の労働時間を5分未満の時間に切り捨てて管理していました。
これに対し、労働組合から勤務管理の方法の見直しを求められ、企業側はアルバイトを含む数万人の勤怠を2年さかのぼって計算。合計で約16億円の未払い賃金の支払いに応じました。
これを受けて官房長官は、「実際に労働した時間に対する賃金は、労働基準法により全額を支払わなければならず、労働時間の切り捨ては認められないこととされている。各企業においては、適切な労働時間の管理に基づく賃金の支払いを行っていただきたい」と述べました。
就業規則への規定の必要性
残業時間や賃金の端数をどのように処理するのかは、就業規則に規定することが大切です。
就業規則に規定することで、従業員とのトラブルや担当者の誤処理の防止につながります。
もし就業規則の規定と実際の運用が合っていない場合には、運用を規程に合わせるか規程の変更をしたうえで、届出と周知が必要です。
企業の端数処理の方針を明確にし、従業員に周知したうえで、適切な労務管理とコンプライアンス強化を図りましょう。
まとめ
1日の残業時間は、原則1分単位で行わなければいけません。
日々の時間を5分単位や15分単位など、きりの良い時間で管理することを目的に切り捨てる行為は労働基準法違反であり、未払い賃金が発生していることになります。
ただし、月単位で30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げることは認められているため、端数処理すべてが違法となるわけではありません。
まずは、従業員とのトラブルや給与担当者の誤処理防止のためにも、端数処理の方法を就業規則に規定し、従業員に周知徹底することが大切です。