労働基準法上の割増賃金を基本から解説
労働者は、使用者である企業と雇用契約を結んでいます。契約の締結により、労働者は労働を提供する義務が発生し、使用者には労働の対償として賃金を支払う義務が生じます。
賃金は、基本となる賃金を支払えば足りるものではありません。基本となる賃金の他にも時間外労働や休日労働、深夜労働に対して支払われる割増賃金が存在します。当記事では、一定の場合に必要となる割増賃金について解説を行っています。興味を持っている方は、是非参考にしてください。
賃金とは
そもそも賃金とはどういったものを指すのでしょうか。労働基準法第11条では、賃金を次のように定義しています。
“労働基準法で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与、その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう”
労働基準法第11条
賃金に該当するかは、「労働の対償」といえるかどうかで決定されます。また、「使用者が支払うもの」であることも必要です。そのため、ホテルの清掃員などに支払われるチップ(奉仕料)は、使用者が支払うものではないため、賃金には該当しません。
一方で同じチップであっても、使用者が一旦集めた後に、労働者に分配するような場合(奉仕料分配金)は、賃金に該当します。このように、賃金に該当するかどうかは、名称如何ではなく、実態によって判断されるため注意が必要です。
労働時間と休日
割増賃金の理解には、労働時間や休日の理解が欠かせません。次項から割増賃金を理解するために必要な法定労働時間と法定休日の解説を行います。
法定労働時間
法定労働時間は、労働基準法によって定められており、休憩時間を除いた次の時間となります。
1日:8時間
1週間:40時間
上記時間を超える労働は、原則として禁止されています。法定労働時間を超える労働を行う場合には、労使間で36協定を締結し、労働基準監督署長に届け出ることが必要です。また、常時10人未満の労働者を使用する次の業種においては、特例として、1週間の法定労働時間が44時間とされています。
- 商業
- 映画・演劇業(映画の製作の事業除く)
- 保険衛生業
- 接客娯楽業
所定労働時間
法定労働時間とは別に、会社が定める労働時間が存在します。このような労働時間を所定労働時間と呼び、法定労働時間とは区別されています。所定労働時間は、法定労働時間の枠内であれば、会社が自由に決定することが可能です。
そのため、会社によっては8時間であったり7時間であったりと、様々な時間が設定されています。また、所定労働時間は会社によって異なるだけでなく、労働者ごとに異なる時間を設定することも可能です。
法定休日
労働基準法は、労働者に対して、少なくとも週に1回又は、4週間を通じ4日以上の休日を与えることを義務付けています。この休日を法定休日と呼び、日曜を法定休日と定める会社が多くなっています。
土日を休日とする週休二日制を採用している会社においては、土日のいずれを法定休日としても構いません。就業規則で法定休日を指定しない場合には、後順に位置する休日が法定休日となります。また、法定休日に労働を行わせる場合にも、時間外労働と同様に36協定の締結及び労働基準監督署長への届出が必要です。
所定休日
法定休日以外の休日を所定休日と呼び、法定休日とは区別されています。土日の週休二日制を採用し、日曜を法定休日と定めている会社であれば、土曜が所定休日となります。
また、法定休日が確保できていれば、国民の祝日といった祝祭日であっても労働者を休ませる義務はありません。ただし、多くの会社では祝祭日を休日と設定しており、この祝祭日も法定休日ではなく、所定休日となります。
割増賃金
一定の場合には、通常の賃金の他に割増賃金の支払いが必要です。割増賃金は、「時間外労働に対する割増賃金」「休日労働に対する割増賃金」「深夜労働に対する割増賃金」の3種類が存在します。各々の詳細は、次項から項目ごとに解説を行います。
時間外労働に対する割増賃金
時間外労働に対する割増賃金は、一定以上の時間労働した場合に支払われます。一般的には、残業代や残業手当と呼ばれることが多いでしょう。時間外労働に対する割増賃金は、原則として法定労働時間を超えた労働に対して支払われる賃金です。
法定労働時間を超える労働を法定時間外労働と呼びます。法定時間外労働には、基本となる賃金の他に、次の割増率によって計算した額の支給が必要です。
月における法定時間外労働が60時間以下:25%
月における法定時間外労働が60時間超:50%
2023年3月31日までは、大企業のみ月60時間超の法定時間外労働に対する50%の割増率が適用されていました。しかし、2023年4月からは、中小企業であっても50%の割増率が適用となるため、注意が必要です。
法41条該当者
法定労働時間を超える労働を行ったのであれば、原則全ての労働者に割増賃金の支払いが必要となります。ただし、次に該当する場合には、法定時間外労働に対する割増賃金の支払いは不要です。
- 農業又は水産・養蚕・畜産業に従事する者
- 事業の種類に関わらず監督もしくは管理の地位にある者
- 機密の事務を取り扱う者
- 監視又は断続的労働に従事する者(労働基準監督署長の許可が必要)
上記の例にあげられた者を法41条該当者と呼び、一次産業従事者の他に、いわゆる管理職や、役員付きの秘書、守衛などが該当します。これらの者は、労働時間の規制に馴染まないことから労働時間等の適用除外対象となっています。
そのため、法定時間外労働という概念そのものがなく、割増賃金の支払いも不要です。ただし、2の管理監督者に該当するためには、管理職の肩書だけでなく、相応しい待遇や権限などの実態が伴っていることが必要となります。
肩書だけを付与して実態の伴わない管理職は、名ばかり管理職などと呼ばれることもあります。そのような管理職は、法41条における管理監督者には該当せず、割増賃金の支払いも必要です。名ばかり管理職に関しては、厚生労働省も注意喚起を行い、適正化を図っています。
参考:厚生労働省「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」
所定時間外労働
法定労働時間を超える法定時間外労働に対して、会社の設定した所定労働時間を超え、法定労働時間内の労働時間を所定時間外労働と呼びます。例えば、所定労働時間が7時間で、終業時刻後に1時間の残業を行った場合などが該当します。この場合には、7時間+1時間で8時間となり、法定労働時間の枠を超えていません。
所定時間外労働に対して、割増賃金の支払いは義務付けられていません。そのため所定時間外労働に対する賃金は、通常の賃金を支払うだけで足ります。しかし、割増賃金を支払うことが禁止されているわけではなく、会社が独自に所定時間外手当などを設け、支給している場合もあります。
所定時間外労働に対する割増率に制限はありません。法定時間外労働と同様に25%と設定しても良いですし、15%や10%とすることも自由です。
休日労働に対する割増賃金
法定休日に労働を行わせた場合には、休日労働となり、35%の割増率による賃金支払いが必要です。しかし、既に説明した所定休日の労働であれば、35%の割増率の適用はありません。
また、法定休日だけでなく、所定休日に対しても割増賃金を支払うとする就業規則の定めを置くことは何ら問題ありません。割増率の設定が自由なことも含めて所定時間外労働に対する扱いと同様であり、会社の自由な裁量が許されています。
所定休日の例外
ただし、所定休日に労働を行った結果として、法定労働時間を超過する場合には、話が異なります。例えば、所定労働時間7時間で、法定休日を日曜とする土日の週休二日制を採用している会社で考えてみましょう。
残業や休日出勤などがなければ、7時間×5日で週に35時間となり、法定労働時間の枠を超えません。しかし、所定休日である土曜に出勤し、7時間の労働を行った場合はどうでしょうか。7時間×6日で42時間となり、週40時間を超えてしまいます。
このような場合には、超過した2時間に対して、法定時間外労働に対する割増賃金の支払いが必要となります。もちろん、割増の対象とならない5時間分に対しても通常の賃金の支払いが必要なのはいうまでもありません。
また、休日労働に対する割増賃金も時間外労働に対する割増賃金と同様に、法41条該当者には適用がありません。そのため、管理監督者などが法定休日に労働を行っても、割増賃金を支払う必要がないことになります。
深夜労働に対する割増賃金
深夜帯である午後10時から翌午前5時までに労働を行わせた場合には、25%の割増率で計算した賃金の支払いが必要です。また、深夜労働に対する割増賃金は、時間外や休日など他の割増賃金とは異なり、法41条該当者であっても支払いの必要があることに注意してください。
割増賃金の重複
労働時間の組み合わせによっては、複数の割増賃金が発生することもあり得ます。具体的には次のような場合に、重複した割増賃金の支払いが必要です。
時間外+深夜
法定時間外労働が深夜帯に及んだ場合には、両者の割増率を合算した50%以上の割増率による賃金の支払いが必要です。また、法定時間外労働が月60時間を超える場合には、75%の割増率で計算した賃金の支払いが必要となります。
休日+深夜
休日労働が深夜帯に及んだ場合には、両者の割増率を合算した60%以上の割増率による賃金の支払いが必要です。ただし、休日労働には、法定時間外労働という概念がありません。
そのため、全体が休日労働となり、仮に労働時間がどれだけ長時間となっても、時間外労働に対する割増賃金の支払いは不要となります。つまり、休日+時間外は、会社が独自に設定しない限り、あり得ない組み合わせということになります。
まとめ
賃金は労働者の生活に直結する労働条件の中でも最重要項目です。それだけに労使トラブルの原因にもなりやすく、未払いの残業代請求訴訟などが起こされることも珍しくありません。
当記事では、割増賃金の解説を行ってきました。基本的な事柄を中心に解説を行ってきたため、基礎からしっかりと確認することで、後のトラブル防止に役立ててください。
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